第34話改ざん

「臭い」



「え」



 出会って開口一番、玲奈は俺に向かってそう言い放った。表情は暗く、瞳は闇のようにドロドロだ。心配して駆けつけてきてくれたようだったが、俺の姿を見るやいなやその表情を歪めた。

 幸い、奏音は先に保健室送りにしておいたため二人きりだ。…確かに体育後で汗かいてたけど、そこまで臭ってたかな…



「…女の匂いがするわ」



「あぁそういう…」



「湊くんを堕とそうとする愚かな女狐の匂いがプンプンするわ。この匂いは…やっぱりあの女ね」



 嘘だろこの人…人についた匂いで誰か判別してるぞ。前に俺の匂いは分かるって言ってたけど、まさかこの領域にまで達していたとは。恐るべしストーカー。



「あの女、やっぱり湊くんのところに行ってたのね」



「女呼びやめません?あの人一応この学園のナンバー2ですよ?…やっぱりってことは予想してたんですか?」



「えぇ。授業中に不自然に抜けていったから…ね。私が抜けていくのは流石に不自然だと思って自重していたというのに…ずるい…ずるすぎるわ…!」



 …玲奈さん、偶に欲望が言葉に出てるんだよな。とりあえず今は気にしないでおくとして、これは弁解しなくちゃいけない展開かな?



「私だって湊くんのシャツでスーハーしたかったのに…!」



「玲奈さん?欲望が出てますよ?あとそんな事してませんからね?」



「じゃあなにをしたって言うのよ…!まさか世間話して終わりなんてことはないでしょう?自己満ストーカーじゃあるまいし」



「それをあなたが言いますか……ただお見舞いに来てくれただけですよ」



「…私に隠せるとでも思ってるのかしら?あなたの考えることなんて手に取るように分かるのよ?」



 …隠そうとしたが、ダメだったようだ。俺の思考パターンをすべて網羅している彼女に隠し事をするほうが愚かだったのかもしれない。面倒なことになりそうだな…



「…なんか、俺の事昔から知ってたみたいで」



「…それで?」



 怖い。もう目が怒ってる。



「俺も今まで忘れてて…思い出しました。彼女の事。小さい頃に遊んでて…今までなんで忘れてたんだろうって」



「ふーん…そうやって湊くんの記憶を改ざんした…と」



「いや違いますから。改ざんなんてされてませんよ」



「いや、改ざんよ。湊くんの幼少期は私との思い出で埋め尽くされているはずだもの」



 いや改ざんしようとしてるじゃん。バレバレだわ。バレねぇとでも思ってんのかこの人は。そこまでカモじゃないぞ俺は。



「公園で愛を近い合ったあの日…今でも覚えてるわ。この指輪を湊くんからもらって…」



「そんなのあげてないし、捏造しないでください…どっから持ってきたんすかその指輪」



「忘れてしまったというの!?私との愛の誓いを…」



 こんなストーカー気質な奴と遊んでたら忘れるわけ無いだろ。なにを言ってるんだこの人は…



「その一、あなたは一生私のもの…」



「一つ目から不穏な空気ビンビンなんですけど。なんなんですかその誓い」



「ビンビンって、やだ、湊くん…せめて家に帰ってからに…♡」



「…もう教室戻りません?」



「話は終わってないわ湊くん。その女とはどういう関係なのよ」



 急に真顔になるじゃん怖い怖い…急にそんな美貌を押し付けてくるな。この状況でのその顔は逆に恐怖だから。凶器だから。



「別に、小さい頃遊んでたってだけで…あれ?」



「どうしたの?やっぱり改ざんされてた?」



「いや…思い出せないんです。それより前のことが」



「思い出せない?」



 俺は思い出せなかった。彼女の事。どこで出会ったのか。いつもなにをして遊んでいたのか。それらすべてが当たり前のように思い出せない。考えても目の前には白紙が広がるばかりだ。



「それってやっぱり…」



「いやここに来て改ざんの線は無いでしょ…なんで思い出せないんだろう」



「いや、可能性を無下に見てはいけないわ湊くん。どんなに小さな可能性だって起こりうる場合があるの。だから私との幼少期の思い出も忘れてはいけないわ」



「俺が玲奈さんと出会ったのは高校からでしょうが。俺の記憶改ざんしようとしてるの玲奈さんじゃないですか」



「あら、分かってるじゃない。これも夫婦の絆ってやつね」



 …この人都合の良い時だけ頭お花畑になるよな。羨ましい脳内をしている。この変態ストーカーめ。



「湊くん、変態は言い過ぎよ」



「…心の声読むのやめてもらっていいですか。俺のプライベートな場所がいよいよなくなるんですけど」



「私の胸の中はいつも湊くんのプライベートな場所よ?ほら」



 玲奈さんはそう言って俺を抱き寄せた。俺の胸に押しつぶされた大きな二つの柔らかな感触が俺になんとも言えない安心感を与えてくる。いい加減この感触にもドギマギしなくなってきたな。なんか日常茶飯事になってしまったと言うか…



「湊くん、その…湊くんの湊くんが…」



「いや勃ってませんから。やめてください押し付けておいて」



「当ててるのよ。湊くんが発情しやすいようにね」



「そんな簡単にしませんから。…ってか何の話でしたっけ」



「…なんの話だったかしらね」



 ダメだ、玲奈さんのおっぱいに気を取られて何の話をしていたのか忘れた。なんだったっけ…えーっと…



「あぁ、確か結婚式についてだったわね」



「いやレーナについてでしょ。改ざんしようとしないでください」



「…レーナ?」



「…あっ」



 俺が自分の失言(?)に気づいたときには既に玲奈さんの瞳からは光が抜け落ちていた。学園一の美貌から放たれる冷徹な視線が俺を貫く。

 めんどくさくなるだろうからここまで呼び名は出してこなかったのに…しまった…!



「…湊くん?なんなのレーナって」



「いや、その…えーっと…小さい頃の呼び名というか…あだ名的な?」



「…ずるい」



「え?」



「ずるい…私だって愛しのマイハニーとか呼ばれてみたいのに…!」



「いや、そういうんじゃないでしょ…」



 この後、呼び名について玲奈さんに小一時間問いただされた。…愛しのマイハニーは勘弁してほしい。

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