第35話恋愛事情

「はぁ…」



 多くの人が腰を下ろすショッピングモール内のフードコート。俺はそこで盛大に、かつ大きなため息をついた。

 今日は久しぶりに奏音との外出。玲奈さんいわく、『あの女狐につけられるぐらいなら奏音くんに預けたほうがいい』だそうな。あんなに深刻そうな顔しなくたっていいのに。絶滅危惧種かなんかなのか俺は。



「なんだよそんな分かりやすくため息ついて。なんだ?まだ俺を保健室送りにしたの気にしてんのか?それならもういいって…」



「いや、それはしてない。一ミリも」



「しろよ。お前のせいでこちとらまだ腹痛てぇんだぞ。保健室の先生にめっちゃ心配されたわ」



「良かったじゃん。お前保健室の先生結構タイプとか言ってなかったっけ?」



 俺に指摘された奏音はなぜかバツの悪そうな表情をしていた。何か後ろめたいことでもあるのだろうか?



「あー、まぁそうなんだけどよ…その…」



「なんだよ。渋ってないで言えよ。俺とお前の仲だろ」



「こういうときに限って都合のいいことばかり…ま、話すけどさ。…仁奈さんの事覚えてる?」



「覚えてるもなにも、玲奈の友達だし…あ」



「…察した?なんか仁奈さん、俺が女と絡んでるとすごい嫉妬してくるんだよ…」



 …類は友を呼ぶとはこういうことか。やっぱりあの人も同じ気質の人間だったらしい。

 …てか待てよ。こいつ確か仁奈さんにかなり気に入られてたけど、あの後どうなったんだろう?この様子だと…デキたのかな?



「…なぁ、あの後どうなったんだよ」



「あの後って?」



「お見舞いの後だよ。仁奈さんに告白できたのか?」



「え、いやっ、えーっと…その…告白、された」



「ひゅ〜!良かったじゃん。やっぱり気に入られてたんだ」



「お前あんまりでっかい声出すなって!バレたらどうするんだよ!」



「いや誰にだよ。別にいいだろ。隠すことでも無いだろ?」



「いや、だから、まだカップルじゃねぇって!」



「…へ?」



 …なんだ?どういうことだ?俺の聞き間違いなのか?こいつ告白されたはずじゃ…



「…その、俺まだカップルとか分からないし…どうしたらいいか分からなかったから…今はまだ友達でいようって」



「…奏音」



「な、なに…?」



「お前、今日帰ったら速攻で仁奈さんに連絡しろ。絶対にだぞ?」



「え、な、いや、俺どうすれば…」



「つべこべ言うな。…言っとくがな、俺はお前の身の心配をしてやってるんだ」



「身の心配…?」



 ああいう人間は確実にめんどくさい。放って置いたら特級呪物になりかねない。実際、俺は一年間放っておいて特級呪物を作ってしまった経験がある。奏音にはこんな大変な思いはしてほしくない。それが俺の切な願いだ。



「ああいう人間はな、放っておくとどんどん厄介になるんだぞ。お前、最近仁奈さんになんかされたとか無いか?」



「最近は…一緒にご飯食べたり、一緒に帰ったり、一緒に遊んだり、一緒に…」



「待て。もう十分だ。…お前、もう蜘蛛の巣にかかってるぞ」



「蜘蛛の巣?」



「お前、最近女子に言い寄られること少なくなってるだろ?」



「そう言われてみれば確かに…」



「なんでか分かるか?」



 奏音は俺の言葉に数分思考していたが、さっぱりといった様子で顔を上げた。



「…分からない」



「もうデキてると思われてるんだよ。周りに」



「え?…なんで」



「お前、聞いた限りだと仁奈さんとずっと一緒だろ?男女が四六時中一緒だったらカップルだと思われてもおかしくないだろ?…もう手遅れなんだよ」



 奏音は俺の言葉でようやく気がついたのか次第に赤面し始めた。こいつは顔がいいのに恋愛に疎いところが弱点だ。



「な…な…ぁ…」



「…あのな、仁奈さんきっとお前のこと大好きなんだぞ。あの人感情表に出さないタイプだけど、お前のことになると結構分かりやすくなるんだぞ?なのにお前は……いいか?恋する乙女ってのはな、可憐で純情であると同時に腐りやすいんだよ。お前、このまま放っておいたら仁奈さんが大変なことになるぞ」



「そ、そんな…」



「だから奏音、お前は帰ったら速攻で連絡しろ。いいな?」



「わ、分かった。帰ったら連絡する…」



 よし、これで仁奈さんストーカールートは避けることができたはずだ。あの人がそんなことするとは考えにくいが、念のためだ。それにこれから仲良くしてもらうためにも恋路のサポートはしておくべきだろう。

 それにしても仁奈さんと奏音がカップルか…なんかこうしてみると異色のコンビだな。仁奈さんも美人だけどそういう噂は今まで全く聞いてこなかったし…もしかしてわりと純情?



「…なぁ、湊」



「なんだよ?」



「最近、玲奈さんとはどうなんだよ」



「なんだよ急に。頭おかしくなったか?」



「いや、ただ気になっただけだよ。…湊、玲奈さんと付き合ってからは素を出してること多くなったし」



 奏音のふとした呟きに俺はハッとした。

 確かに俺は玲奈と付き合ってからは自分の素を隠すことは無くなった。正しくはあいつと別れてから自分を作るのをやめただけだが。そう思うと俺は玲奈に変えられてしまったのかもしれない。



「…まぁ、仲良くやってるよ。あの人も俺が嫌がることはしてこないしな」



「そっか。湊が元気なら俺はそれでいいよ。…でも偶には俺と遊んでな?」



「ははっ、玲奈が許してくれたらな。…そろそろ良い時間じゃないか?お前も連絡しなきゃだろ」



「そう、だな。…今日は解散か」



「頑張れよ奏音。それじゃあな」



「おう、それじゃあな」



 俺は奏音の背中に心の中でエールを送りながら帰路へとついた。





「あ」



「おつかれ湊くん」



「玲奈…待ち伏せですか?」



「言い方が悪いわね。お迎えよ。友の恋路を応援する夫をねぎらうためのね」



 ショッピングモールを出たところで俺を待ち伏せしていたのは玲奈だった。どうやら今日のことはすべて筒抜けだったらしい。この人には敵わないな…



「奏音、あぁ見えて恋愛に疎いんですよね…うまくいくといいんですけど」



「それなら心配はいらないわ。ほら」



 玲奈の指の先には奏音と仁奈さんの姿があった。二人で手を繋いでいる。しかも恋人繋ぎ。…あれはもう仁奈さんに半分押し切られてるな。俺が助言するまでもなかったか。



「…あれなら俺が助言する必要も無かったみたいですね」



「そんなことはないわ。友の激励はいつだって頼もしいものよ」



 俺が困ったときに真っ先に頼るのはいつだって奏音だ。そう思うと玲奈の言葉は正しいのかもしれない。



「…そうかもしれませんね」



「えぇ。…さ、私達も帰りましょ。愛の巣に」



「ここでその言い方やめましょうか」



 俺は突き刺さる周りからの視線を見ないふりをして玲奈と帰宅した。

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