第33話レーナ
「いけー奏音ー!」
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁッ!」
奏音が仲間のパスを受けて足を振り抜く。足が空を着ると共にボールは勢いよくゴールへ一直線。
飛んでいくボールはキーパーの手をすり抜け、ゴールネットを揺らした。
「よっしゃー!」
「ナイスシュート!やっぱ奏音は万能だな〜!!!」
昼下がりの学校。現在は体育の時間だ。グラウンドで奏音のスーパープレーを自陣から見届ける。
あいつはなんのスポーツをしても人並み以上だ。スポーツ万能。見た目も良いと来たものだからモテる理由も分かる。
「おい湊!俺決めたぞ!ほら、なんか言う事あるだろ」
「はいはい。すごいすごーーい」
「なんかすごい雑じゃない!?ちょっと、湊ぉ!」
泣きついてくる奏音を冷たくあしらう。…まったく、相変わらずこいつは忙しない奴だな。
「なぁぁぁぁ…湊が冷てぇよ」
「ははっ…だってよ湊。冷たくすんのもほどほどにしろよー?お前ら仲良いんだから。あ、ほら次のプレー始まるぞー」
そう言うとそのクラスメイトは目から涙を流す奏音を連れて行った。あいつはあれさえなければきっともっとモテることだろう。
先生の笛の音と共に再し試合がスタートする。こっちのチームの前線には奏音とサッカー部の長倉がいる。あいつらに任せておけばこっちは安泰だろう。
第一俺は球技があまり得意ではない。ボールは友達という言葉があるが、あんなのは球技ができる奴の戯言である。決して勘違いしない方がいい。ボールはいつだって俺達の敵だ。
「いけ奏音!」
「ナイスパス!…よっしゃー!」
長倉から奏音にパスが渡る。受け取った奏音はどんどんスピードを上げて相手の選手を抜き去っていく。一人。また一人と抜かしていくその姿はサッカー部と言っても差し支えないものだ。
「おいお前ら!奏音だけでも絶対に止めろ!これ以上いい格好させられるかよ!」
単独で攻め入ってくる奏音を止めようと相手も人数を奏音の方へと割く。三人のディフェンダーが奏音に襲いかかる。
「通すかッ!」
「ここで止める!」
「可愛い彼女なんか作りやがって!!!」
「お、おい!三人はやり過ぎだろ!」
襲いかかってくる三人に対して奏音は足でうまくボールをコントロールしながら交わしている。だが、襲いかかる三人もそう簡単には通してくれず、奏音にしつこく付きまとっている。…ま、あいつのことだしなんだかんだけるだろ。
ボールを完全に奏音に任せ、することのなくなった俺は空を眺めた。今日の天候は晴れ。雲が一つ一つのんびりと流れていく。心地よい日だ。
最近は寒さの中で近づく春の影が見える。雲の間から顔を出す太陽。蕾が開きつつある植物。季節は冬から春へと移り変わってきている。
別れの冬から出会いの春へ。俺も移り替われるといいのだが。
「おらッ!」
「あっ、湊!やばい!」
「やべっ!?」
「え?」
奏音の詰まった声が俺に飛んでくる。らしくない声に奏音の方に視線を戻した俺の目の前にはとんでもない勢いでこちらに向かってくるサッカーボール。
突然の出来事に俺は身が完全に固まってしまった。避けようとするも既に時遅し。俺の頭をグラグラと揺らすように走る衝撃。視界がチカチカと点滅する。
衝撃に耐えきれなかった俺は後ろへと倒れ込んだ。
「だっ…いってぇ…」
「大丈夫か湊!?目とか取れてない!?」
「取れてねぇよ。…ただちょっと鼻血が」
「だああああああああ湊!すまぁぁぁぁん」
恐らくボールを蹴ったのだろうクラスメイトの一人が頭を下げてくる。頭を下げられるというのは悪い訳では無いが、あんまりいい気分ではない。まぁまぁと諭して俺は鼻を押さえて立ち上がる。
鼻には生暖かい感覚。見なくても分かる。どうやらさっきの衝撃で鼻血が出ているようだ。
「お前鼻血出てるじゃん!保健室保健室!」
「いいって…鼻血ぐらい行くまでもないだろ」
「念には念をだぞ湊。少しの怪我でも見てもらったほうがいい」
長倉は俺にそう言った。彼もサッカー部という怪我の堪えない部活に所属している身だ。ここは一つ彼の言葉を信じておくのが吉なのかもしれない。
「…分かった。ちょっと行ってくる」
「俺もついてく!」
「お前はサッカーしとけ」
「なんでだよ湊ぉぉぉぉぉ!」
鼻を抑えながら校舎に戻ってきた俺は足早に保健室の前へとやってきていた。
保険知るは外からの負傷者を運びやすいように外からの入り口もある。扉を開けて中用のスリッパに履き替える。
「すいませー…え?」
「お?湊くんじゃん」
保健室に踏み入った俺の目に映ったのは先生ではなくまさかの恋歌だった。本来先生が座っているであろうその席に座っている恋歌は俺を見て驚いた様子だった。
「どしたのー?怪我?」
「えぇ、まぁ。鼻血が出ちゃって」
「まじ?今せんせーいないからとりあえずほら、ティッシュ」
「いいんすか?ありがとうございます」
「いーんだって。困った時はお互い様でしょ?」
明るい笑顔を浮かべる恋歌からティッシュを受け取る。今の俺には鼻に詰めるしかできない。少し不格好ではあるが、仕方ない。
…というかなんでこの人はこの時間にここにいるんだ?まだ授業中のはず…もしかして体調悪いのか?…でもそんなふうには見えない。
「恋歌さんはどこか調子が悪いんですか?」
「え?私?私はサボりー。先生には内緒だよ。あと、さんはなしでいいよ。呼び捨てのほうが呼びやすいでしょ?」
むしろ呼び捨てのほうが呼びにくい気がするが…彼女の厚意だ。そうさせてもらうことにしよう。この手の人間ならもう少し口調もラフな方がいいかもな…
「その代わり、私も呼び捨てで呼ばせて。ダメかな?」
「いいよ恋歌」
「ありがと。…湊は見た感じ体育だったのかな?」
「うん。サッカーしてて…」
「はは、サッカーか。湊、球技苦手だもんね」
「あはは、まぁ…って、え?」
なんでこの人俺が球技苦手なことを…?
驚愕した俺の顔は想像するに容易いものだ。そんな顔を見た恋歌は不思議そうな表情だった。
この前屋上で出会った時の言動といい、俺のなにかを知っている彼女からはなにか不思議な気配を感じる。こんな知り合いはいた覚えはないし、そもそも小さい頃の記憶があまり無い。この人は俺のなにを知ってるんだ…?
「どしたの?私なにか変なこと言った?」
「いや、なんで俺が球技苦手な事を…」
「あぁ、だって私湊のこと昔から知ってるし」
「…昔から?」
「そう。…私の事覚えてないの?」
…待て。これ俺が単純に忘れてる奴か?でも俺に金髪の知り合いなんて…いや待てよ。髪を染めた可能性だってあるはずだ。となると他の部分から推察しなければ…
髪以外の部分から思い出そうと恋歌の顔をまじまじと見つめる。綺麗な琥珀色に近いその瞳。長く美しいまつ毛。艷やかな唇。
…ダメだ。思い出せない。こんなに自分の記憶力を憎んだことはない。…いや、まさか俺のストー…いや、ないないない…
「やっぱり覚えてないんだぁ〜…うえーん」
「いやごめんて…俺、小さい頃の記憶があんまり無いからさ」
「ふーん。『レーナ』って言っても覚えてない?」
「…レーナ?」
恋歌の口から出たその言葉で俺の脳裏には屋上で話した時と同じ景色が浮かんでくる。公園の木の下で手を差し出してくる金髪の少女、レーナの姿が。
「…ええええええええええええええええええ!?」
「あはは、思い出してくれた?」
「思い出すもなにも…レーナ、なのか?」
「そうだよ。あの時公園で一緒に遊んだレーナだよ。湊」
…ようやく思い出した。彼女から感じる不思議な気配の正体。それは俺の幼き頃の友達レーナだ。
レーナはある時俺が公園で出会った少女だ。一人で遊んでいる時に話しかけてきた彼女は当時の俺にとっては異端な存在だった。その髪色、言動、レーナという名前。どう考えても外人だ。
数少ない幼い記憶の中でも異質だったその記憶はギリギリ俺の脳内に残っていた。…よく見てみると彼女の顔にはレーナの面影がある。
「レーナって日本人だったんだ…」
「うん。レーナってのはおじいちゃんからよくそう呼ばれてて…自分でも気に入ってたからさ」
恋歌は少し照れくさそうにそう頬を掻いた。その表情もどこか懐かしく感じる。
本当に彼女なのだと過去の記憶を目の前の彼女をリンクさせながら感傷に浸る俺に恋歌が飛びついてくる。
「ちょっ、恋歌!?」
「ふふーん、また会えたんだね湊」
恋歌の金木犀のような香りが俺の鼻をかすめた。昔抱きついてきた時と、同じ匂い。その香りが俺の彼女との記憶を更に呼び覚ます。
幼かった頃の記憶の数々はレーナとの記憶で埋め尽くされていた。なぜ今まで覚えていなかったのか不思議なくらいに彼女との思い出が多い。
…なぜ、今まで忘れていた?こんなにも彼女との楽しい思い出があったというのに、なぜ?
そんな俺の疑問を断ち切るようにチャイムが鳴り響く。授業の終わりを告げるチャイムだ。
「あ、もう授業終わったみたいだね。…もう少し話していたかったけど、湊戻らないとでしょ?それじゃ、また」
そう言うと玲奈は手を振りながら保健室を後にした。金木犀の香りが彼女の尾を引く。
俺の手元には彼女からもらったティッシュが残った。それを見た俺はなにか引っかかるものがあるのを感じた。喉元まで来ているのに、なにかが思い出せない。
「湊ー!!!!大丈夫か!!!!」
…俺の思考をいいところで遮るのはいつもこいつだ。なんなんだこいつは。
「…」
「…え、み、湊?」
ゴッ
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
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