第30話空と既視感
「…」
瑠璃奈との一件から丸一日が経ち、体調も復活した俺は学校の屋上にて空を眺めていた。
あの一件を経て、俺はようやく後悔から逃れることできたのだが、なにをするにもどうにもやる気にならなかった。
まだ後悔しているとか、そういうわけじゃない。ただ、なにをするにしても頭がぼーっとするというか、なんというか。
目標を達成したけど、それが終わったらそれまでやっていた練習とかをしなくてよくなるからなにをすればいいのか分からなくてぼーっとしてしまう、とかいうあれだ。放心状態というよりも燃焼しきったといったほうが正しい気がする。
そんなやる気のでない俺はただ空が見たいという単純明快な理由で屋上のベンチで寝転んでいるのだ。偶には一人の時間というのも大切だ。…きっとこの姿も何らかの形で彼女に監視されているのだろうけど、自由にさせてくれているだけマシだ。
見上げた空は青い。当たり前のことだが今はそれがなんだか素敵なもののように見えて、俺の世界は蒼に包まれる。
気ままな風が右から左へと雲を運んでいく。流されるがままの雲の様子はまるで自分のようだ。少しは他人に依存しないで行動できないのか俺は。
ただ雲が流れる様子に自分の姿を重ねてしまう。今考えてみればどう考えても俺の行動はおかしいし、いつまで元カノに固執してるんだって話だ。いくらなんでも未練タラタラ過ぎる。
…はぁ。ぼーっとしたくてここに来たのに憂鬱な気分になってしまった。こうやって後悔ばかりしていくから先のことが見えないのだ。全く…
「なにしてんのー?」
「うわっ!?」
ため息をついた俺の視界に突如として金髪の女が飛び込んでくる。突然のことに驚いた俺は思わず体勢を崩してベンチから転げ落ちた。
ベンチから転げ落ちた俺を見て女は焦ったように俺の顔を覗き込んだ。
「ごめんごめん!急でびっくりさせちゃったよね…大丈夫?」
「あぁ、なんとか…」
女が差し出してきた手を握り、立ち上がる。女は金髪に金色の瞳を携えた金色づくしといった容姿だった。その特徴的な瞳はどこかで見たような気がする。
既視感を感じる俺をおいて女は話し始めた。
「この時期にここに人が来るなんて珍しいから…私の名前は
「…月凪湊だ。よろしく」
恋歌と来たか…珍しい名前だ。だが、そのおかげで既視感の正体が分かった。
天宮恋歌。この学園内では玲奈についで一位二位を争う美少女の一人だ。その現実離れした容姿に引き寄せられる男子は多く、本人がフレンドリーな性格であることも相まってその人気は高い。
恋歌は女子にも人気で、常に輪の中心にいる。この学園における女子のカーストの中でもその地位は高い。俺とは真反対の存在だ。
まさにギャルのようなその髪色は遺伝なんだとか。家系に外人がいるとか前に奏音から聞いたことがある。
「湊はこんなところでなにしてたのー?失恋しもしたかー?」
…いきなり呼び捨てな挙げ句、図星をついてくるとは…流石カースト上位。”持ってる”な。
一切の悪気も見せないその純粋な笑顔を見て俺はベンチに座り直して答えた。
「…ただ空を眺めたかったってだけ」
「あはは、そっかー…あるよね〜一人になりたい時。分かる分かる」
恋歌は俺の隣に座ると俺との距離を詰めながら笑う。…いきなり距離が近いな。ギャルってみんなこんな感じなんですか?僕怖い…
「こんなところで一人で寝てるからなにしてるかと思ったら、空を眺めてたか。そういうキャラなの?」
「…それはどういう。多分違うけど」
「あはは、じゃただ一人になりたかっただけ?悩み事?」
ぐいぐい来るな…なんだかこのままだと全部洗い出されそうな気がする。まずい流れだ…
玲奈がいたらすぐに止めに入ってきそうな現場だが、生憎彼女の助けが入る様子は無い。俺の心情を察してか本当に一人にしてくれていたようだった。今となってはそれが仇だが。
「あっ、答えたくなかったら別に答えなくていいよ〜まだ出会ったばかりだしね〜」
俺の思いが届いたのか、恋歌ははっとした様子で俺にそう言った。俺は顔には出さないように安堵の感情を心の中で押し留めた。
安堵した俺の横で恋歌は空を見上げた。その横顔は学園屈指の美しさを証明していたが、それと同時に何故か侘しさも纏っていたようだった。
「私も一人になりたい時はここに来るんだ。いつもはみんなと一緒だけど、なんだか疲れちゃう時もあってさ」
彼女の、人気者なりの悩みだろうか。空に向かって呟いたその一言はまるで自分を笑っているようで、少し前の自分と重なる。
俺の口は考えるよりも先に彼女に問いかけていた。
「…人気者の悩みってやつですか?」
「人気者だなんて大げさだよ。…ただ、周りに持ち上げられ続けられていると自分が自分じゃなくなっていくような気がしてさ」
俺の問いかけに恋歌は笑いながら答えた。その綺麗に作られた笑顔が俺には仮面のように見える。
俺はその横顔をなにも言わずに眺めていた。なんと声をかければいいのか分からなかったのだ。我ながら情けない。こんな時は励ます言葉の一つや二つかけたい場面ではあるが俺にはできなかった。
…なんか思ってた人じゃなかったな。もっと俺なんかよりも輝いていて、誰よりも離れた存在なのかと思っていたが、目の前の彼女はそうでもなかった。むしろ、俺に近いような気がする。
いつもは遠くで輝く彼女は近くで見てみると全くの別物だった。なんだか、不思議な感覚だ。見えないものを見たような、見えてしまったと言うか。
目の前にいる女はいわば、ナンバー2だ。彼女にも玲奈に負けず劣らずのファンがいる。人の来にくい屋上とは言え、あまり長い接触は好ましくない。…恨まれたりしないよな。
玲奈と過ごすうちに身についてしまった警戒心が俺の心を揺さぶる。そんな俺に向かって恋歌は話しかけてくる。
「ねぇ湊くん。湊くんは運命って信じる派?」
「運命?」
「うん。私は信じてるんだ。運命」
恋歌の問いかけに俺は首をかしげた。さっきまでの話はどこにいったのやら。急な質問だ。
運命。全てが神によって先に決められているとされているものであり、考え方によってはそのレールの上を自分たちが歩いているというふうに捉えられることもある。その概念は人の願いを超越する超自然的なものとされている。
運命を信じる。それは自分の決断も、行動も、願いも、結末も、全てが決まっていると肯定することを同じだ。
たとえ本当にそうだったとしたら俺の後悔も、悲しみも、あの虚しさもすべて運命の手のひらの上ということになる。
そうだったとしても、俺は信じたくない。失った自分を。取り戻した自分を”決まっていたもの”で処理したくはない。
「…俺は信じてないですかね」
「そっか〜残念。私は湊くんに運命感じてるんだけどなぁ〜」
「…は?」
平然とした恋歌の口からとんでもない爆弾が投下された。驚愕した俺を置いて恋歌は続ける。
「私は湊くんを知ってるんだ。ずっと昔からね」
「ずっと昔から…?」
なぜだろう。そう恋歌に言われた途端、彼女の姿がなんだか異様に既視感のあるものに見えてきた。そんなはずはない。無い…はずなのに。
俺の脳裏にはうっすらと記憶が蘇ってくる。いつの日かの公園の木の下で、あの子と。
「湊くん」
俺の思考を遮って響いたその声に俺は振り向く。そこには歩み寄ってくる玲奈の姿が。
俺の意識を現実へと引きずり出したのは紛れもない玲奈だった。
「ッ…玲奈」
「探したわ。どこに行ったのかと思ったら恋歌さんと一緒だったのね」
玲奈の瞳が俺の隣に居座る恋歌を捉える。恋歌もまた玲奈を見た。
「え、玲奈って湊くんと知り合いなんだ」
「えぇ。知り合いってよりは…」
そこで玲奈の口が止まる。流石にまずいと思ったのか、彼女はそのまま口をつぐんだ。
変な沈黙の後に恋歌がばっと立ち上がる。
「…色々聞きたかったけど、私先生に用事あるの忘れてたわ〜また今度ね〜」
そう言うと恋歌は手を振りながら階段の方へと駆けて行った。乱雑に扉を開け放つと、その奥へと消えていく。足音が響いて、やがてその音が遠のいていく。
恋歌の足音が聞こえなくなったところで玲奈が口を開いた。
「…湊くん?あの人となにを話していたの?」
「いや、いまさっき会っただけで会話という会話は…」
「本当に?…なにか怪しい事とか吹き込まれてないでしょうね」
怪しいこと…運命の話が若干怪しかったが、まぁあれはそんな変な話でもないしいいか。
「…また面倒な相手ができたわね」
「え?なんか言いました?」
「いえ、なんでもないわ。戻りましょう。…ここ少し肌寒いわ」
玲奈がさすりながら手を差し出してくる。俺はその手を握ると、立ち上がる。
俺は玲奈の手を引いて教室ヘと戻った。
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