第14話おサボりデート(後編)

「…」


 疲れた。その一言に尽きる。

 ファミレスで昼食を摂った後、俺と玲奈はいくつかの店を、まわった後に映画館へと向かった。

 問題はそこである。彼女が見ようと提案してきたのが超絶級のホラー映画だったのだ。それも、今世紀最大級と謳われるほどの。

 別に普通のホラーだったら俺も耐えれる。だが、今世紀最大級といったものだから鑑賞にはかなりの体力を使った。

 玲奈はというと、かなり楽しんでいる様子だった。メインのホラーシーンになったときもにこやかな表情は崩さなかった。…こういうの慣れてるのか?それはそれで怖いけど…


「今日はいい一日だったわね。湊くんとの時間を満喫できたし、映画も見れたし」


「…ああいうの好きなんですか?」


「えぇ。非現実を感じられて素敵じゃない?」


 …あんな四肢の飛ぶような作品を素敵だと…?この人の感性にはやはり賛成し難い。

 気がつけば辺りは暗くなってきていて、季節を感じさせられた。最近は周りを見る余裕すらもなかったが、時間は刻一刻と進んでいる。


 巡る季節の中で俺はようやく自分という人間の土台を踏みしめることができたように思える。今までは自分を作り変えて、相手に馴染むように、気に入られるように、と奮闘していた。だが、どれも”自分”ではなかった。

 彼女と出会い、自分を見てくれる人間と関わってようやく理解した。本当の俺を。自分という弱い存在を偽り、違う皮を被って生活している惨めで愚かな自分を。

 自分を作り変えることは悪ではないが、善でもない。理想の自分に変わることは大変素晴らしいことであるが、それと共に過去の自分を否定することにもなるのだ。それまで積み上げていたものを一気に自らの手で崩すような、そんな感覚は想像するに容易い。


 過去の俺は相手に似合う自分になることに夢中で自分を見失っていた。だが、自分のすべてを受け入れてくれる彼女に触れてようやく気づいた。自分をさらけ出す事も悪いことではない。

 自分をさらけ出すことは相手に自分の事を知ってもらうのと同時に、相手に自分への理解を深めてもらえる機会にもなりうる。今の彼女が俺に気兼ねなくホラー映画が好きだと言ったように。

 作った自分は自分であり、自分ではない。もしかすれば、あの女と付き合っていたのは俺ではない誰かだったのかもしれない。はたしてどうだったか。


「ねぇ湊くん、見て見て!イルミネーションよ!」


 考え込んでいた俺の意識は玲奈によって一気に引き戻された。彼女の綺麗な瞳が俺の目に反射する。

 目の前の通りには街路樹に飾られたイルミネーション。色とりどりの光を放つそれは冬の空に一際映えて見える。こうしてしっかりと現物を見るのは久しぶりだ。幼い頃の記憶が俺に時間というものの儚さを訴えかけてくる。

 その景色にらしくなくはしゃぐ彼女の様子はまさに子供のようだった。邪念など一切存在しない、純粋なあの頃のよう。


「ねぇ、湊くんもこっちに来て!」


「そんなに離れたら逃げちゃいますよ。俺」


 皮肉と冗談が混ざりあった、甘くて苦い。そんな自分の矛盾した気持ちを込めた言葉を投げかける。

 そんな言葉に彼女はふっと微笑んで返した。


「そんな事できないし、しない。でしょう?」


「…ふふっ、そうですね」


 俺の胸の内を見透かしたような一言を放つ彼女は自信に満ちた笑みを浮かべていた。敵わないと思うのと同時にまた思う。彼女はやはり自分を理解ってくれている。少し怖い一面もあるけど、なんだかんだ自分を想ってくれている。

 こんな稀有な存在は自分の手には余ると思ってしまうが、それぐらいがちょうどいいだろう。

 

 玲奈の元へと駆け寄り、手を握る。手を繋いでくれたことに対する彼女の嬉しそうな表情になんだか気恥ずかしくなって目を逸らす。今はそれが精一杯だ。

 片手にこもるぬくもりを感じながら二人で家へと帰った。

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