第13話おサボりデート(中編)
小さく区切られた個室の前で、彼女の着替えを待つ。
この店は更衣室と販売コーナーがしっかりと区切られていて、防音もしっかりしているため静かだ。自分達の他にも誰もいない。つまりは玲奈と俺の二人きりである。
会話は起こらず、衣擦れの音だけが響き渡る。俺と玲奈の二人きり。いつもとは変わらない状態だと言うのに、場所が変わるだけで変に心が高鳴ってしまう。相手は頭のネジが一本どころか二本も外れてしまっているストーカーだというのに。なんか悔しい。
「湊くん、どうかしら?」
カーテンが開くのと同時に着替え終わった玲奈が話しかけてくる。
最初のコーデはフード付きのグレーのジャケットにハイウェストスカート。少し余裕のあるジャケットが柔らかい雰囲気を演出。そこに淡い色のハイウェストスカートが大人な雰囲気をプラスしている。
普段の雰囲気とはまた違った緩めな雰囲気を纏うコーデだ。
「おぉ、なんか大人っぽくていいですね」
ここは一つ気の利いたセリフの一つや二つ言う場面だが、あまりファッションセンスの無い俺にはこれが精一杯のコメントだ。どうか許してほしい。
「ふふっ、そう。私も中々いいと思うのよね。これなら少し気楽に過ごせそうだし。…それじゃ、次ね」
玲奈が再びカーテンを閉める。彼女の綻んだ目元を見るに、コメントには満足してくれたようだ。
自分で言うのもあれだが、玲奈は俺からの言葉は大概喜ぶ。なんでも、床を隔ててでしか声を聞くことのできなかった俺と話すことが心底幸せなのだとか。
最初はまともに会話もしなかった影響もあるだろう。そこは少し申し訳なく感じる。…いや、よく考えてみればストーカーして来て不法侵入してきたのあっちだし、俺悪くなくね?
「おまたせ湊くん。…どう?」
程なくして再びカーテンが開く。どこか自慢げな顔持ちで玲奈が話しかけてきた。
今度のコーデはベージュのロングワンピース。中間色であるベージュと彼女の特徴的な白銀の髪色がマッチしてカジュアルな雰囲気を醸し出している。
「カジュアルな雰囲気でいいんじゃないですか?いつもと違った感じで、なんだか新鮮です」
「そうね。いつもはもう少しきっちりしたのを着てるけど…たまにはこういうのも悪くないわ。思い切ってみるのも大事ね…」
「フリルとか似合いそうですけどね」
「なっ、ふ、フリル…まぁ、考えておくわ」
心なしか頬を赤く染めた玲奈は先程よりも早くカーテンを閉めた。…褒めたつもりだったのだが、余計な一言だったか?俺の見立てが正しいなら、玲奈はフリルも似合うと思うんだが。
彼女のフリル姿を想像してみる。フリルをなびかせて振り向く彼女の姿が俺の脳内に鮮明に映った。…やっぱり似合うと思うんだけどな。…ま、今の季節はどちらにせよフリルは寒くて無理か。
「おまたせ、湊くん」
どうやら玲奈が着替え終わったようで、カーテンの開く音と共に彼女が話かけてくる。その声に俺は振り返った。
彼女が身にまとっていたのは黒の肩出しニット。モデルのような体型と彼女の白い肌が露出し、セクシーな雰囲気で正直目のやり場に困る。とくに胸辺りがやばい。何を食べたらあんなに大きくなるのか…
ただ、それより俺が気になったのは…
「どう?中々いいと…湊くん?」
制服のブレザーを玲奈に押し付ける。やり場に困った目を逸しながら彼女に語りかける。
「えーっと、その…この季節に、それは寒いでしょ」
待て。つっこみたくなっているのは分かる。だが、ただでさえセンスの無い俺には今の服はただの肌の露出の激しい目のやり場に困る服でしかないのだ。どうか愚かな俺を許して欲しい。
「…ふふっ」
玲奈の反応は予想していたものではなく、嬉々としたものだった。
喜びを噛みしめるような笑みを浮かべる玲奈。どう返したものか。
「…おかしかったですか?」
「いいえ、違うの。私のこと、心配してくれたんだなぁって」
彼女の言葉でようやく気がつく。どうやら俺は無自覚にも彼女の心配をしていたらしい。なんだか気恥ずかしいような、悔しいような。心で彼女を認めてしまっている気がして変な気持ちになった。
「…そりゃ、同居人ですからね」
「妻、でしょ?はい。もう一回」
「…妻なので」
「よくできました。…これは買いね」
玲奈はニットが気に入ったらしく、再び制服に着替え終えると嬉々としてレジへと向かった。…なんか悔しい。
「おまたせ致しました。ハンバーグ定食とオムライスになります」
トレーを持った店員が俺の目の前にハンバーグ定食を置く。『ごゆっくりどうぞ』と一言添えると、ペコリと一礼をして厨房へと消えた。
俺と玲奈はアパレルショップを出た後、デパートに併設されているファミレスへとやってきた。時刻は1時34分。少し遅めのお昼ご飯だ。
お昼時を過ぎたこともあってか、客は手で数える程度しかいない。おそらく、俺達と同じ遅めのお昼ご飯なのだろう。
「ん〜…美味しそうね。ファミレスも舐めたものじゃないわ。…さ、湊くん。冷めないうちに食べましょう」
「そうっすね。…それじゃ」
「「いただきます」」
ハンバーグを箸で一口サイズに切って、口に運ぶ。じゅわっと広がる肉汁と舌の上で跳ねる肉の旨味が俺に幸福を与えてくれる。あぁ、幸せ…
玲奈を見てみれば、オムライスの味に関心しているようだった。先の言動を見るに、ファミレスにはあまり来たことが無いのだろうか。
「玲奈はファミレスに来たことは?」
「小さい頃に数回ね。あまり詳しくは無いわ。湊くんは?」
「俺は結構来ますよ。奏音と帰りに来ることが多いので」
予想どおりファミレスの経験は浅いらしい。それは彼女の美味しそうにオムライスを頬張るその表情からも見て取れる。
「…湊くん?」
「あぁ、いや。ファミレスで満足してくれるんだなぁって」
「…え?」
「あっ」
…やべ。ミスった。
その瞬間俺の脳裏に浮かんでいたのはいつの日かのあの女との一幕。気難しい彼女はデートでファミレスに行くのが嫌だったらしく、そのことで叱られたのを覚えている。
今となっては過去の話だが、俺の脳裏にはしっかりと染み付いてしまっていた。
あたふたする俺に玲奈は首をかしげる。
「当然でしょう?私は湊くんとだったらどこでも喜ぶわよ。何だったらドロでもゴミでも嬉しいわよ」
「…それはちょっとどうかと思いますけど。まぁ、いいか」
一瞬肝が冷えたが、今回は彼女の純粋さに助けられた。…変なところで純粋なんだな。ま、そっちのほうが助かるからいいけど。
「湊くん、この後の予定なのだけれど…映画を見に行かない?二人で見たい映画があるの」
「映画っすか?別にいいですけど」
「良かった。それじゃ、決まりね」
妙に楽しげな玲奈の様子に俺は疑問符を浮かべた。映画好きなのだろうか?同棲を初めて一週間ほど経ったが、そんなこと一切聞いていない。隠し事…なわけないか。この人予告して襲ってくるタイプの人だし。
俺は募る疑問の中でハンバーグ定食を食べ勧めた。
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