第二話 村の危機


 村の空気がピリピリしている。今の状況を表すならこの言葉がぴったりだ。


 なにせ勇者が来たその日の晩に襲撃があったのだ。まるで計ったかのようにゴブリンや狼が勇者が泊っている村長の家をピンポイントで襲撃したのだ。


 騒ぎを聞いた村人たちは急いで逃げるも、なぜか勇者パーティーしか狙っていなかったため被害は少なかった。


 もちろん襲撃してきた魔物は勇者パーティーによって全滅したが村長の家に被害が及び、パラド含む男衆が修理の手伝いを現在行っている。


 大人と子供が入り混じりながら村長の家を、主に叩き壊されたり火をつけられた壁の部分を修理するが、全員が専門のスキルを持っていないため苦労している。


 その中でパラドは壁があったところに木材を立てかけて、他の木材に釘で打ち付ける役をしていた。


 もちろんパラドも釘を打つのに時間がかかる。慎重に釘を打っても曲がることがしばしば。


 完全に慈善事業のため特に褒章がでることもない。


 やりがいの無さを常に感じながら同じく隣で作業している村人に話しかけるように作業の手を止めず


「あーあ、まるで嵌められたみたいに来たなぁ。最初っから誘導してたんじゃない?」


「誘導って誰が」


「考えりゃわかるだろ。魔王軍の誰かだよ」


「おいそこ!無駄話してる暇があればさっさと手を動かせ!」


 ガタイのいい村長の息子が喋っていたパラドに叱責するがパラドはどこ吹く風だった。


 何を言っても生返事で返しそうなパラドの態度が気に食わない村長の息子がパラドの肩をつかみ振り返らせようとした。


「おい!お前というやつは…………」


「いっだぁ!?足もっ!?なんでこのタイミングなんだよちきしょう!」


 金づちを打っていた手が肩をつかまれ引っ張られた拍子に狙いがずれて木材を抑えていた手にヒットしてしまい金づちを落としてしまう。


 そこに畳みかけるように落とした金づちがパラドの足の上に落ちるという痛いコンボが発生してしまった。


 金づちで打ってしまった手は少しヤバい色に変色し始めてしばらくは使い物にならなさそうだった。


「けっ、使えない奴だ。もうどっかいってろ」


「ったく、おっさんのスキルは『木材加工』だろ?だったら指揮だけしてないで作業してよ」


「黙れ!さっさと行け!」


「珍しくちゃんとやってたのにオラは悲しい。使えなくしたのは誰なんだろうなぁ…………」


 本当に痛む手をさすりながら割とまじめに取り組んでいたことを咎められることに腹を立てた彼は嫌味を残して言われた通りさっさと退散した。


 村長の息子でありながら未だに跡を継げていないためか、無駄に育ったプライドを持て余してしているおっさんは顔を真っ赤にしているだろうなぁと思いつつ、振り返らずに自分に家に帰る。


「まあ、ずいぶんと早かったのね。またサボり?」


「サボりなら堂々と帰ってこねえよ。いててっ」


「まあ、サボるために自分で手を怪我したの?」


「俺ってそんなに信用なかったっけ?言われたできる範囲でらちゃんとやるよ?」


「冗談よ。ほら、手を出しなさい」


 昼食の準備をしていた母に軽口をたたかれつつも傷薬を塗り包帯を巻いてもらった。ひとまずこれで安静にしておけば治るだろう。


 この村には治療系のスキルを持つ人がいないため原始的だが薬草を使った治療が少しだけ発達している。


 それだけでない、彼らは知らないが免疫機能も他の村に比べたら高いようで、子供のころに病気に一回かかると後は同じ病気にはかからないといわれるほどである。


「おん?なんか外が暗くなってない?雨は降らなさそうだったけど」


「曇ってきたのかしら?まあ、降ってきたらその時はその時よ」


 この時の危機に彼らは気づいていなかった。空が暗く、紫色・・になっていたことに。


「ゴロゴロしてる暇があったら畑見に言ってちょうだい。どうせ暇でしょ?」


「はいはい、分かったよ。まったく、外に出たらユノとの遭遇率が高くなるってのに」


「そうそう、あなたが返ってくるちょっと前にユノちゃんが来てたわよ」


「俺っていつからお守り役になった訳?」


「まあ


 周りの評価に呆れつつも畑を見に行こうと家を出た。そしてようやく空や村の空気が尋常じゃないことに気づいた。


 なんか空が普段と色違くね?パラドはそう思った。


 今まで見たこのが無い空に嫌な予感を感じながら痛む手を抑えつつ畑へと向かう。


 パラドの家族が管理している畑に来た時、ユノの声が聞こえた。声の出どころは今勇者が泊っていた村長の家と反対側の方向だ。


 不気味な空の色、明らかに人が居ないはずの場所から聞こえたユノの笑い声。畑の見回りを放置してパラドは声が下方向へ様子を見に行く。


 こんな時にまた木を引っこ抜いて遊んでないかという幼女の身よりも環境への心配が強い。


 変な遊びをしていないかと確認で足を運ぶとそこには信じられない光景が広がっていた。


「ぬおおおぉ!?なんだこのガキ!」


「あははー!」


 ユノが全身に禍々しい鎧を纏ったおっさん声の人物の腕にしがみついて遊んでいた。


 鎧の人物もユノを振り落とそうとして異様な速度で腕を振り回しているが一向に離れない。


 それを確認した瞬間にパラドは隠れた。


 あんな鎧の人物は知らない。村の中にあのような鎧が存在しないし、扱える人間もいない。


 それ以上に全身から発せられる邪気を纏っている人型が人間である保証もない。


 ドッドッドッ、と心臓が跳ねる音が体の中から聞こえる。全身から冷汗が出て止まらない。


 幸いというか不幸というか、鎧の人物はしがみついているユノに意識を持っていかれているため息を殺してこっそりと様子を見ているパラドに気づいていなかった。


 どうすればいいのかとパラドが茂みから悩んでいると振り回されることに飽きてきたのかユノはぱっと手を放して地面に着地する。


 キャッキャと余裕そうなユノが気に食わないのか鎧男は激高した。


「おのれ!人間の小娘の分際で!」


 明らかに人間じゃ纏えなさそうな魔力をさらに噴出させながら剣を抜く。このままだとユノが危ないと思いパラドが飛び出る。


 しかし、剣は今にも振り下ろしそうで説得するには、そもそも会話を挟む余地すらない。


 それはとっさだった。ここでやらなければユノが死んでしまう気がした。


 人生で最速だと思うくらいでユノに駆け寄り、そして今までの無茶ぶりの恨みを込めてあらぬほうへ投げ飛ばした。



ザシュッ、ドサッ



 肉が裂ける嫌な音と身体が崩れ落ちる音。きょとんとしながら投げ飛ばされたユノを視界に収めつつ、背中に急激な熱と痛みを感じたパラドの目の前は真っ暗になった。

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