第5話 担当決め! 教師の料理対決

「こうなったら生徒に確かめてもらおう。どちらが今年の薬学を教えるに相応しいか!」

「え?」


 絢雲は突拍子もないそれに耳を疑ったが、藻琴もこと教師は三人しかいない教室を振り返った。


「勝負は料理といこう。この魔導院において、薬学とは魔法薬湯学のことを指す。少々長いので、薬学と略されている。しかも授業の内容からすると略称の方が適切と言って差し支えないため、薬学で名前が定着したのだ。ちょっとした豆知識だな。人によっては自炊もできるようになって、一石二鳥な学問だ」


「へぇー」


 いつの間にか、絢雲は教師の話を素直に聞き入っていた。


「授業って、科目の内容より、こういうの覚えちゃうよね」

「僕もー」


 継雪もうなずく。

 戸隠とがくしは藻琴との勝負に異論はないようで、ここに二人の魔法使い教師による、料理対決が始まったのだった。


「いや、授業」


 楽しみにしていたのに。絢雲は生徒そっちのけで始まった勝負に困り、燕飛を見遣った。


「いつもこうなの?」

「戸隠教師が、初手で生徒を外周に走らせるのは恒例行事だ。読心術で心を読まれなかった者だけが、外周を免除される。二人の喧嘩は、よくあることだな。魔導院では教師の喧嘩は命懸けだから、料理対決はマシな方かもしれない」


「命懸けって、なに……。私たちも巻き込まれたりしないよね……? ていうか、ちゃんと教えてもらえるのか、不安しかない……」


 学費が不要であることに釣られたのが、いけなかったのか。


「魔導院は今まで落第者を出したことがない。学ぶことに関して、ここの右に出る学校はないだろう。必要なら、授業に出ずとも教師が個別でつく」

「なんて至り尽くせりな……!」


 絢雲は感動でうち震えた。小さい頃、こうだったらいいのに、と思ったことが現実にある。


「ん? てことは、私べつにここに居なくても……?」

「……………………」


 なんとなく、隣の無言が痛かった。神妙な微笑みが雄弁に物語っている。


「燕飛」

「良かったら、俺と一緒に授業を受けてくれると有り難い。俺は継雪の護衛だし、できれば君の方から来てもらえると助かるんだ。本当に」

「私がそばにいると身体が軽くなるんだったね、そういえば……」


 絢雲としても、燕飛自身の都合で傍に居てもらえれば、何かと助かるので構わないのだが。


「出来たぞ!」


 教師が作った料理は、それぞれ完成させるには時間が足りそうにないもので、絢雲はこそっと尋ねる。


「時短の魔法でも使ってたっけ?」

「全部、応用だったな」

「実食だ。得票の多かった者が薬学の担当になる」

「はぁ……」


 藻琴と戸隠が配膳するのを、燕飛と継雪は平然と受け入れていたが、絢雲はまったく肩身が狭かった。実のところ現実逃避して、話の展開についていけていない。


 しかしながら、盛りつけられた料理はどれも美味しそうだった。芳ばしい香りが食べ盛りの身体を刺激してお腹が鳴った。


「朝も食べたのに」


 貴族の前では笑われたことを思い出す。燕飛に聞かれたのが恥ずかしくなって絢雲は身を縮めた。


「一人前を小分けした。足りなかったら食堂にでもいけ」


 原因を作った戸隠が、淡々と言った。


 かの教師が作ったのは肉料理である。焦げ色でとろみのある少量のスープに、四角く一口ほどに切られた肉があって、パンが添えられている。絢雲の印象では、貴族が食べそうな物だった。


 一方で、藻琴教師が作ったのは卵料理である。溶いた卵を薄く重ね、細長く巻いたものを輪切りして出されている。名前は知らないが、これは絢雲も食べたことのある料理だ。


「いただきまーす」


 迷った末に、絢雲は卵料理から食べることにした。匂いが濃いものは味も濃い気がして、先に味が薄いと分かっている方を選んだ。箸、スプーン、フォークがあって、使い慣れている箸を手に取る。


「おいしい……」


 ほっぺがとろけるような、ふっくらとした食感。すっ、と差し込まれる出汁の薫り。初めて食べる味だった。貧民育ちの絢雲は、自分たちがなんか焼いて作った卵を思い出す。たった一日で懐かしさを覚えるほど、遠いところへ来たのだという実感と、美味しい卵の味。


 気分が上がる。強張りも自然と解け、絢雲は手持ちの箸を握ったまま、次の料理に移った。


 パンは固そうだったので刺して食べた。スープに塗りつけてかじる。食べ方なんてさっぱりだったが、さりとて貴族の言うテーブルマナーなんてものに頷ける要素は一つもなかったので、絢雲はそこらへんの嫌な記憶を追い払った。


「……ふん」


 美味しい。もぐもぐと口を動かす。洒落た味が落ち着かないし本当に味はしているのだろうかと思うが、美味しいと感じるからには美味しいのだろう。皿の上に突き刺したパンを落として、絢雲は肉のブロックに視線を移した。


 目が据わる。これは絶対美味しいに決まっていた。見慣れない料理にうっかり忘れていたが、これはお肉の料理なのである。


「ん〜〜〜〜」


 パクッと一口。絢雲は目を細めた。焦げ色の見た目に反して口の中で、ほろりと崩れる。噛んだ感じがしなかった。肉汁がとろみのスープに溶ける。薫りと味の印象が重なって、それでようやく絢雲の中ではっきり、美味しいと思う形が残った。


 その一連の流れを、絢雲以外の全員は見ていた。燕飛と継雪は、絢雲が迷っている間に手慣れた様子で完食していた。どちらも美味しく、そして、その料理が作られた意図も把握していた。


 だから絢雲の一挙一動が、決め手だった。


「これは答え出たねー」


 継雪が言う。燕飛は肩をすくめた。


「うん?」


 絢雲は審判のことも忘れて、食事に集中していたせいで、なんのことか分からないどころか、継雪の声に今気がついたような反応をした。


「どちらが相応しいと思った?」


 もうすでに答えは決まっているかのような声音で、燕飛が問う。絢雲はしまった、と視線を泳がした。


「…………わかんない」


 一瞬、藻琴、と思ったが、料理はどちらも美味しかった。戸隠はあんなにも料理が下手そうな出で立ちをしているのに、とんだギャップである。不潔そうなところは直していたし、やはりこの魔導院の教師なのだ。


「そうか」


 燕飛はうなずいた。


「俺は藻琴教師に」

「僕もー」


 継雪もうなずいた。戸隠が小さく舌打ちする。


「実に光栄だな」


 藻琴は大きくうなずいた。


 二対〇。勝敗は決まった。


「そうなんだ……?」


 蚊帳の外になった気分で、残りの分を食べながら絢雲はそれを眺めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る