第8話 象形魔法・名縁「雪」
雪が降っていた。
しかし、どこか人工的な気配。
「この雪、魔法の気配がする」
「……僕の魔法だよ」
絢雲は驚いて目を見開いた。
「こんな広域に? でも、どうして」
その日は継雪の様子がおかしかった。いや、もっと前からおかしかった。晩秋のフィールドワークであの後、絢雲の味方として現れた頃から。
「今、困った人たちが来てるんだよね。僕を連れて帰ろうとしている。そのための隠れ蓑だよ」
「それって、継雪が鉄砲玉にされずに済むってこと? それとも新しい任務?」
それでハタと気がつく。
「あ、もしかして、だから燕飛ったら、嬉しいのか悲しいのかよく分かんない顔してたんだ?」
「ううん。それは違うよ。……まったく間違い、というわけでもないけど」
「なにそれ」
絢雲は眉をひそめた。追求するつもりで口を開いて、網に引っかかった気配に目を細める。継雪が困った人がいると言ってから張っていた糸魔法を応用した網だ。
「もう引っかかった。知らない気配。倒す?」
「絢雲、君って、まだ魔導院の一年生程度の実力しかないってこと忘れてない?」
「ムカつくな。逃げろってこと?」
「そういうこと」
そう言って継雪が走り出すとともに、絢雲もそれに追った。
「よく考えたら雪が降ってる範囲は、継雪のテリトリーだったね。――来たッ」
「ほんと、裏技で僕の位置を読み取ってくるから腹立つ」
絢雲は吹雪と化した天候に隠れて罠を張り、それに引っかかった誰かが転倒。別の誰かは宙釣りになる。継雪は
「銀に鈍色。輝く黒。落ちる白は空の隠れ蓑!」
「――巡り給え、五天。――開き給え、果て無き虚界。――以って此処に、我が傀儡!」
絢雲も継雪に続き、詠唱する。再度、敵の場所を確認。
「機械獣!」
撹乱を目的に召喚獣を複数箇所に配置すると、絢雲は手元に喚んだ二体のうち一体を継雪に差し出した。
「継雪、乗って!」
継雪は振り返って、息を呑んだ。
「絢雲、指!」
機械獣の召喚も、絢雲の糸魔法を応用したものである。負担が増えればその分、要の指先に現れた。
「いいから!」
言ってしまえば、その程度のことである。絢雲は大事の前の小事と、自分の怪我を無視した。
「機械獣と、継雪のさっきの魔法でもう少し保つよね? なんで連れてかれようとしてるのか、説明してよ。最初から私を巻き込むつもりだったんてしょうが」
「これでも巻き込もうとしたわけじゃない。そのためにも燕飛のところへ行かなきゃ。やっとルートが取れた!」
絢雲は瞬いた。浮き足立っていると思ったら。敵のためではなく、敵に見つからない逃げ道を探しているためだったらしい。
「私を逃がすの?」
「――うん」
一拍の後、継雪は頷いた。あとはすべてを明け渡し、ほかには何も要らないかのように。そして唇を噛み、継雪は痛みを堪えるように絢雲を見遣った。
「ごめん。思った以上に時間がなくなった。このまま縁まで突っ切る。やっぱり、僕自身がちゃんと話しておきたいから」
「また燕飛に丸投げするつもりだったの?」
敵に見つかる危険を、わざわざ犯すことに焦燥を感じながら追走する。詰るように問えば、継雪は頷いた。
「うん。適材適所だよ。絢雲も覚えなよ。――民のためにもさ」
「は? た? なんて?」
絢雲は思いもよらないことを言われたせいで、最後の単語が聞き取れなかった。
継雪は胸を押さえながら、かすかに口角を上げる。
「ははっ、……ごめん、話が逸れる」
「……いいよ、適材適所なんでしょ。燕飛に聞く」
「助かるなー」
継雪は本当にそう思っているような声で笑った。絢雲はいよいよ疑念が首をもたげる。
さっきから、継雪を動かしているのは絢雲である、という確信。機械獣に乗せてからの、確信。糸魔法なら当然、人間一人を操り人形にすることは可能だ。だが絢雲は、そんな魔法を使った覚えがない。
「継雪、」
空に浮く巨城の縁まで、幸いにも敵に見つからず辿り着く。口を開いた絢雲の言葉を、継雪は遮った。
「君も知っての通り、宗主国では王家は長命だ。不老不死、不老長寿を求めて魔導院を人柱としてから。だけど明らかに忠誠心が薄い者がいる。もしもこの大魔術が破られでもしたら、王家は最悪、断絶だ」
すっと、吸って吐かれる白い息。吹雪は止んでいた。継雪の肌色がだんだん、白くなっていく。それを、見つめる。
「保険が必要になった。魔術を魔法に昇華する方法。魔術をより魔術的に特化、対象を限定させることで、確かな効力を得る方法。今も研究は続いてるけど、どれも目処は立っていない。さらに別の方法が考えられた。アプローチの仕方を変えたんだ。器を永遠にする方法。魂の保全を完璧にする方法。と、言った具合にね」
すっ、と、息を吸って、吐く動作。少し、億劫そうだった。
「僕はそのうちの一つなんだ。要は人型ロボットさ。僕にはこの研究が始まってからの今までの記憶がある。でも人格は継承されない。人格の保持が命題になった。だから僕らは代々『継』の字が充てられるんだ」
「そ、れを、私に話すのは、おまえ、その心臓……!?」
思わず後ずさった。操っている。その感覚に間違いはなかった。
今、継雪を生かしているのは絢雲だ。
「だ、から! ずっとわたし……!」
「うん。秋からの不調はそのせい。自覚なく、ぼくを稼働させてたんだよ、君。すごいよね」
「いいいや待って! おかしい! いくら象形魔法と言ったって、魔力消費量が不調で済むはずないでしょ……!?」
「でも現実はそうなんだよね。ぼくが壊れちゃったばっかりに、ごめん。でも、無自覚にも生かしてくれて助かったよ」
継雪はしみじみと言った。
「本当に、ありがとう。誰にも何にも縛られない自由を、束の間味わうことが出来た。ぼくには縁のないことだと、思っていたから」
そうして、空を見上げる。
「象形魔法って、意外と好きになれるもんだね。君の魔法も、大事にね」
象形魔法・名縁。――雪。
それは継雪の、雪。
「つぐ、ゆき……?」
絢雲は呆然とつぶやいた。
とさ、と雪が落ちた。導かれるように両手を伸ばすと、雪の中から球体が浮き上がる。糸で手繰り寄せれば、それは、
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