第7話 魔導院の真の目的

 魔導院とは魔導を学ぶ場所であり、魔導とは魔法と魔術の両方を表す言葉である。


 そして魔法は人以外にも作用する力を指し、魔術は主に人を中心に発展する力を指した。


 たとえば、絢雲くくもの呪いは人間社会から生まれているために魔術的な呪いになり、燕飛えんひの呪いは自然から生まれているので魔法的な呪いの括りとなる。


 おおむね、魔術的な呪いより魔法的な呪いの方が強固で根深く、解呪には労を要した。


 魔導院の教師は、魔術的な呪いにより不老不死となっていた。魔術的なものであるので完全ではなく限定的な作用だ。


 すなわち、不老不死を得た代わりに、教師は魔導院から出られないのである。


 その上、この魔術の真の目的は不老不死にあらず。宗主国の王家を長命なる存在にするためであった。


 厳密には不老不死を目的としているが、不完全であるために次善策として、魔導院の教師らを王家のための人柱にしたのである。


 藻琴もことはこれを受け入れ己の長い人生を謳歌しているが、戸隠とがくしは違った。


 このため魔導院は異世界中の素質ある者を導くだけでなく、宗主国の覇権を強めるとともに、人柱を入れ替えられる人材や解呪の術を見つける、という裏向きの理由がそれぞれ存在していた。


 藻琴が絢雲に、せっかくだから王族に聞くといいと言ったのは、このためである。魔導院の本山である宗主国の王族と懇意になる機会など、そうざらあるものではない。


 そして燕飛と継雪つぐゆきは、この魔術が解呪されないか探るために王家から出された密偵であり、継雪の護衛はこのための偽装なのであった。



「それで、私はがっつり、これに巻き込まれたってわけね……」


 絢雲はフィールドワークの傍ら、独り言ちた。


 宗主国は女系であり燕飛と継雪は、同じ王の胎から生まれた異父兄弟だという。女でないので王位継承権はなく、立場はあるが使い捨てられるという、ちょうど良い位置にいるのがこの二人だったと。


 対外的には男が王の振る舞いをしているのであまり知られていないが、国内で真に王位を継承できるのは女であるらしい。魔導院の勢力内にある異世界で生まれた絢雲だが、貧民故、そのような話をまったく知らない。


「でもいくら呪いが緩和されるったって、あいつら、なんで私の近くに来るんだろ。王族ならもうちょっと自己保身でも図ればいいのに」


 時は入学式の春を過ぎ、夏も越えて晩秋。


 カレンによって絢雲の悪名は魔導院中に広まっている上、教師が何度か犠牲になっては自己蘇生するので、親睦を目的に絢雲に近づこうとする命知らずは、王族二人しか居なかった。


 魔導院に選ばれた者はたいてい役目を負っている。高い魔導技術を獲得し、祖国を発展させるのだ。絢雲の魔法もそうやって得られた技術だと言われている。


 象形魔法・名縁。


 自分の名前を縁とする魔法だ。使いこなせれば段違いに魔力消費量を抑えられ、かつ通常より強い性能を引き出す。


 絢雲の糸魔法でいえば、カレンの糸魔法より強靭で物質として残すことも可能である。


 己の手足同然に扱えるので、森の広範囲に糸を張り巡らせることも、それで攻撃を予測することも可能だった。


 開けた場所とはいえ、森の中だというのに放られた火炎球を、加工した糸で包み込んで消火、霧散させる。


「……避ける必要もねぇってか」


 火魔法を放った、絢雲と同い年くらいの少年が唸る。他にも何人かの気配。


「ザコの魔法程度ならね」


 絢雲は淡々と答えた。

 親睦を深めない代わりに、絢雲をサンドバッグにする者は居た。絢雲は、売られた喧嘩は買う主義である。


「王家の方が博愛でいるからといって、てめぇはいつまで、ッ」 

『アー、テステス』


 少年がいきりたつのを遮って、フィールドワークの全域に戸隠教師の声が響き渡った。この教師から嫌な思いしかしていない生徒ら全員は、当然ながら嫌な予感がする。


『アー。アー。俺の嫌いな言葉は連帯責任だ。いま、騒ぎを起こすな、つったのに騒ぎを起こしたバカを確認した。よっててめぇら全員、ここで一晩明かせ』


 絢雲は顔をしかめた。視線を感じてそちらを見る。少年らが、カレンがよく浮かべるような表情をして、言った。


「てめぇのせいだっ」

「いやこっちのセリフなんだけど」


 彼らの燃えたぎる正義感はどうも、状況を都合良く捻じ曲げるようである。戸隠の授業であっても騒ぎを起こせる精神を持つだけあったと言える。


「炎よ! 風よ!」


 複数人による二重詠唱。絢雲は目を眇める。彼らにはまた罰則を受ける心配がないらしかった。


「ここ、魔物も出る森の中だけど。だから騒ぎを起こすなって先生も言ってたのに」

「魔導院の栄えある生徒の俺らが、たかが魔物に? ――なんでこんな奴が先生方のお気に入りなんだよ……!」

「王家の方々に見初められてるからといって、調子に乗りやがって……ッ」


 絢雲は耳にタコができるほど聞いたそれらに、深々とため息を吐いた。


「もうこれ何度目なわけ」


 こうやって絢雲の忠告を無視して、近づいてきて、そうしていつか彼らが死んだ時、こう言われるのだろう。


 あの死神に親切をしたからだ、と。


 被害にあっているのは絢雲だというのに、どういうわけか世の中は、そのようにできていることを、絢雲は嫌になるほど知っているのだった。

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