第3話 絢雲と燕飛の出会い②
「おっ? ぉおおおおお!!??」
地面から蔓が伸びてきて絢雲を縛り上げた。
「あわわわわマズいマズいマズいマズい!」
得意の糸魔法で切断を試みるが、術が発動しない。吸い取られているのかと思うも、違う。
「
ミノムシのように吊るされた絢雲は、身体を大きく揺らし上下左右に動いた。が、努力もむなしく、めくれていく地面の下に吸い込まれる。
「わ、あだっ! ぶべッ!」
木の根の侵食著しい配管の中だった。あちこち身体をぶつけて最終地点で草のクッションに尻もちをつく。
「つぅ〜〜〜〜ッ」
痛みにうめいていると、人の気配が動いた。しかし、なにも起きなくて、絢雲は怪訝に顔を上げる。
銀色の、長い髪の毛を垂らした青年がいた。白のローブを着て、頬杖をついている。絢雲を軽く観察したあとは、もう興味も失せたようで手元の書物に視線が移った。その後ろでは花が育っては萎れて種を落とし、また成長しては枯れていた。それとあわせて、種の落ちる音が聞こえる。
研究室のようだった。絢雲の家より少し狭いくらいで、石壁は戸棚ごと植物に覆われていた。頭上から木漏れ日が射し込んでいて、その下は、ほどよく明るい。絢雲が落とされた場所は、端の方にあり薄暗かった。
絢雲は部屋の中をじっくりと観察した。その間も捕まえられたわりには、何もされない。
「あのぉ……」
疑問が膨れ上がり、しおらしく口を開くと、ようやく動きがあった。
「
貧民系とはなんだ。要はどんな異世界でも貧困層ではありふれた格好ということなのだろうが、絢雲はムッとする心を抑えて尋ねた。
「森に入っちゃいけなかった感じで……?」
「魔物が棲む原生地はあるけど、わざわざここを指定してきたからには、違うだろうね。――そろそろ到着だ」
彼の言う通り、右手の階段から人が降りてくる。
「よう、
現れたのは絢雲の転倒を受け止めた青年だった。
一瞬、ツバメを連想させるような赤みと、より青みのある黒髪が、部屋の影を抜けると艶の良さを見せる。黒檀のローブを羽織り、青い石を埋め込んだブローチで前を留めていた。赤黒の双眸が、読書中の友人に焦点が合うや細められる。
「さっきは頼まれてくれて、ありがとう」
「構わん。仕事はいいのか」
「うん。案内板を用意した」
どうやら、新入生の出迎えと案内の仕事をしていたらしい。それで門から一回転して出てきた絢雲を、受け止めることができたのだろう。
「新入生も可哀想に。なにもない、ただ魔導院の全容が見れるだけの、無人の空間がお出迎えで」
「それでも充分に思えるがな。あの城の荘厳さ、あるいは不気味さにかけては滅多とない」
黒髪の青年が、絢雲の方へ目を向けた。
「さすがだな。もう捕まえていてくれたか」
その言葉で、梦真がなんの連絡もしている様子がなかったことを、絢雲は思い出す。
「初めまして。俺の名前は朱黒院燕飛。君の名前は?」
手が差し出された。蔓の拘束はいつの間にか解けていて、促されるように握手を返した。
「大葉絢雲、です。あのぅ、私になんの用で……?」
逃げ出されて怒っているようにも見えなくて、理由を問う。
「それは、……ああ、やっぱり、相殺されている」
「相殺?」
首をかしげると、燕飛からは怪訝な表情が返ってきた。
「君は自覚がないのか? それとも俺だけが恩恵を受けている……?」
自覚がないので、瞬く。
「君は呪いを受けているだろう。同じ呪いかは分からないが、俺もそうだ。俺の呪いは身近な人に向けられた呪いを肩代わりする。言わば、避雷針のようなものだ」
「呪、い」
絢雲は目を見開いた。呪い。呪いであるならば。心当たりがある。それが相殺されるとなると、願ってもない話だ。
「ある、あります。呪い、なら。私も。――――私を助けたらッ、……えっと」
絢雲は口を噤んだ。うっかり認めてしまうところだった。ここで断言してしまったら、今まで否定してきた意味がなくなってしまう。後ろめたい気持ちはあるけれど、絢雲がなにかしたわけでもないのに勝手に決めつけられて。それが一生続くことが嫌で、ここまで来たのに。
「周囲に悪影響が出るのか」
燕飛はさらりと言った。絢雲は肩を震わせる。ついさっき彼に助けられたばかり。とんだ疫病神だと、どんな目に遭うのか。
「待った。怖がらなくていい」
身の安全から反射で逃げようとした絢雲の腕を、燕飛が掴んだ。
「君にとっても、俺はちょうどいいはずだ。俺は呪いを引き受ける代わりに、呪いで死ぬことがない」
「死な、ない?」
「ああ。出来た呪いだろ。しかし、死にはしないが、倦怠感がつきまとう。それが不思議なことに、君のそばにいると軽くなる」
瞠目しながら、絢雲はずるずると腰を落とした。
「あなたは身近な人に降りかかる呪いを、引き受ける代わりに死なない。だから私にかかっている呪いで死ぬこともない、……むしろ身体が軽くなる?」
「ああ」
「そんなことって、あるんだ……」
さすがは異世界最高峰の魔導院と言うべきか。その才を認められ、あらゆる世界から魔法使いが集う場所。
ぱらり。本をめくる音。
絢雲は我に返った。燕飛も似たような状態だったのか、苦笑をこぼして梦真へ振り返った。
「梦真、飲み物はないか」
「少し待て」
梦真は壁の方を見遣ってから、手元の机を見た。
言われた通り少し待つと、頭上から光とともに蔓が降ってきた。軽食の包みが机の上にそっと置かれる。
「べ、便利〜〜」
「アップルパイだな。シナモンを効かせてある。飲み物は紅茶のようだ。絢雲は、ホットがいいか? それとも、アイス?」
「こうちゃ」
絢雲は固まった。どれも知らない食べ物だった。貴族のカレンなら、知っているのだろうか。
「梦真、こういうときは温くで良かっただろうか」
「そのまま出して、駄目そうだったら手を貸してやれば」
「そうしよう」
燕飛は頷いて、固まったままの絢雲に微笑みかけた。
「もう少し、話そう」
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