第2話 絢雲と燕飛の出会い

 ――青雲の棚引く。


 空の向こうすら見通せそうなほど――実際、空どころか世界の向こう側を薄っすらと映して――澄み渡る青空が広がっていた。


 天空に浮かび世界の向こう側にたたずむ巨城は移動を止めると、らせん状に底部を開き、そこから梯子を下ろしていく。


 巨城は魔導院だった。あらゆる世界の中から優れた資質を持つ者を招き知識を授ける、救世の城。魔法の伝授はもちろん、魔導院の教師は全員が賢者であるため、各世界の国王やら勇者やらが国の滅びから助かる術を教わっているのだ。


 絢雲くくもは、この時を待っていた。樹木の影から顔を出し、周囲を探る。


 絢雲は自分の身に降りかかった呪いを解くため、この最高峰と名高い魔導院への入学を切望していた。しかし梯子の真下では、絢雲から入学許可証を奪った貴族が出立式を受けている。


 だから、賭けに出た。


 入学許可証が通行許可証を兼ねるとして、異世界に繋がる門は許可証を持つ者だけを迎え入れるのだとしても、正式に選ばれているのは絢雲であることを信じて。


 梯子が伸びきり、いよいよ入場が始まる。異世界への門はアーチ状に展開され、その先は梯子の先端が見えたが、門には薄い膜が張られてゆるく波打っている。視線が完全にそこに釘付けになると、絢雲は飛び出した。兵士がすぐに動き出す。


「――巡り給え、五天。――開き給え、果て無き虚界」


 乱入者に群衆の悲鳴をくぐり抜けながら、絢雲は呪文を唱えた。兵士が群衆ごと突き刺すか迷う隙を狙って的を絞らせず、舞台通路に上がる。


「――以って此処に、我が傀儡!」


 そして絢雲は、待ち伏せしていた兵士を呪文の完成とともに蹴散らした。


「機械獣!」


 大型の四足歩行の獣が躍り出た。召喚された銀色の獣たちは、無機質の硬い皮膚を武器に兵士たちを次々と通路へ落としていく。絢雲はそのうちの一匹に乗ると門まで駆け抜けた。飛んでくる矢から並走する機械獣が絢雲を守る。


 貴族と目が合った。憎しみの籠もった目と。


「――行け!」


 あんたも入学するなら、すればいい。心の中で吐き捨て、絢雲は機械獣に発破をかけた。兵士が前に出る。その頭上を大きく飛び越えた。槍が獣の腹に刺さり、体勢が崩れる。


「ありがとう」


 絢雲は召喚した命のない傀儡に一言、礼を告げるや、その背中を踏み台に、門へと飛び込む。


 息を呑む声。金切り声。それらの声が遠のいていく。


 しかし、結果はまだ分からない。


 絢雲は門がいきなり壁になって、激突することを覚悟していたが、まさか固い平らな地面にぶつかるとは思っていなかった。梯子に激突するものと思っていたのに、無事に門を通過すると、武術の素人なりに受け身を取ろうとした勢いで、空中で一回転する。


「わっ?」


 混乱するなりに空気の違いを感じながら、絢雲は地面に転けた。


 と、なる前に、誰かが絢雲を受け止めた。


「大丈夫か?」


 一回転した勢いは誰かの腕の中に収められ、絢雲は目をぱちくりと瞬かせる。


 危うく見惚れてしまいそうな青年の顔が、正面近くにあった。仄暗く赤い瞳の色に、吸い込まれそう――。


「ヒッ!?!?」


 いやいやいやいやいや!? 吃驚しすぎて悲鳴を上げた。誤魔化すように上げた悲鳴が、逆に恥ずかしくなって居た堪れない。助けてもらったというのに。羞恥心が後から後から湧いてきて溺れそうである。


「えあ、あ、ありが!」

大葉おおば絢雲!」


 取るもとりあえず礼を、としたところに、見知った声が真横から耳をつんざいた。絢雲から入学許可証を奪った貴族の娘だ。黄金色の豊富な髪をふりまいて、明るい紫味のピンク色の瞳の怒りで燃えがらせている。


「カレン」


 彼女が同じ入口から現れたということは、絢雲は第一関門は突破できたということか。


「あなたいったい、どれだけ自分勝手で、傲慢なの!?」


 しかしホッとする余裕などない状況で、絢雲は眉をひそめた。カレンの怒りは分からないでもないから許可証のことは許したが、これ以上邪魔をされるのはごめんだった。


 次の関門を突破すべく、絢雲は助けてもらった赤い目の青年を見上げた。青年はこの状況に驚いてはいるようだが、冷静に見えた。


「さっきはありかとうございました。では」


 捕まる前に動かなくてはと、ササッと頭を下げて逃げの一手を打つ。逃げ道を探して周囲を一瞥すれば、同年代の少年少女が野次馬のように佇んでいた。瞠目している者もいれば、面白がっている者もいる。貧相な身なりの者も、上等な服を着ている者も。


「待ちなさい!」


 カレンが叫ぶ。もちろん聞かない。



 走りがてら、機械獣を喚び出しその背中に乗った。


 正面にそびえ立つ魔導院と、新入生が歩いている石畳の道筋を逸れ、芝生を通り越し生け垣を乗り越え姿を隠せる森まで走り抜ける。


「お疲れさま」


 身を隠せる森に到着すると、絢雲は機械獣を撫ぜ、虚界に還した。


 改めて状況を確認すれば、魔導院までの道のりは、思いの外遠かった。その威容を知らしめるべくか、門はずいぶんと離れたところにあったのだ。逃走時に多少は距離を稼いだとはいえ、魔導院は目と鼻の先だと言い難い。


「待ち構えられてたら、厄介だな」


 それでも呪いを解くためにも、絢雲は行くしかないのだが。


 誰にも見つからず、道なき道を歩むため、指を繰り出し、生み出した魔法糸を太い幹にくくりつける。絢雲はこれを何度も繰り返し、木々の間を飛び移った。


「とーちゃく!」


 と、魔導院のすぐ近くの端まで来たので飛び降りる。絢雲は、これで捕まったことがなかったから、それはもう無防備に、地面に着地した。

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