第3話 そろそろ教えて差し上げましょう

 バサリと投げ捨てられた書簡を拾って中を検めます。

 これは確かに神殿の神官長様の文字ですわね。


 あらあら、有る事無い事好き勝手に羅列されておりますわ。王位継承権第一位のオーマン様に恩を売って、即位後に自らの地位を確固たるものにしたいのでしょうね。

 オーマン様の話を鵜呑みにし、ろくに調べもせずに、名も知らぬ下級貴族を貶めることは造作もないと考えたのでしょう。

 ふふふ、神官長様が第一王子擁立派であるのはこれで明白。

 このような証拠をいただけるなんて、なんと幸運なのでしょう。早々に処分を下さずにお話をお伺いしてよかったです。



「くっ、この状況でも笑っていられるなど、どこまでも不気味な奴め! おい、衛兵はいないのか! この罪人を早く牢へ連れて――」


「そんなことはさせないよ」



 オーマン様が強硬策に出られようとしたまさにその時、タイミングを見計らったかのようにパーティ会場の扉が開け放たれました。


 会場の目を一身に集めて堂々と中央を歩いてこられるのは、第二王子のアルフィン様です。



「あら、ごきげんよう。少々遅かったのではありませんこと?」


「すみません、今が最善のタイミングかと思ったのですが……」



 ご挨拶をすると、気恥ずかしそうに頬を掻くアルフィン様。突然の弟君の登場に、オーマン様は困惑されております。



「な、アルフィン……! なぜお前がここに」


「兄上の愚行を止めに来たんだよ」


「なんだと⁉︎」



 オーマン様と同じく金髪にエメラルドの瞳を持つアルフィン様は、オーマン様とは違って知的な雰囲気を醸し出すお方です。一つ年下のはずですが、随分と大人びて見えます。

 アルフィン様が胸ポケットから一枚の紙を取り出しました。そこには王家の紋が描かれております。



「そ、それは……父上の……」


「ええ、そうです。国王陛下直筆の指示書です。馬鹿な兄上に代わって読んであげましょう。――『国を空ける間、オーマンがヴァネッサ嬢を害することがあれば、捕らえて東の塔へ幽閉せよ。判断はアルフィンに一任する』」


「なっ、なんだそれは! 貸せ!」



 よく通る声で国王陛下からの指示書を読み上げたアルフィン様から、指示書を引ったくり何度も何度も目を通すオーマン様。一度読んだだけでは理解できないのかしら。やっぱりおつむが弱いのですね。



「ど、どういうことだ……説明しろ!」



 グシャッと指示書を握りつぶしたオーマン様が真っ赤な顔で怒鳴り散らします。そんなに叫ばなくても聞こえますのに、品位のかけらもございませんね。



 仕方がありません。わたくしがお馬鹿なオーマン様にすべてお話しして差し上げましょう。



「まず、わたくしがアリス様を虐めていた証拠とおっしゃるものはすべて意味をなしません。わたくしは常に学友の皆さまと行動を共にしておりました。公衆の面前であなた方がおっしゃる行為を働こうものなら、目撃者が多数いらっしゃるはずです。ふふっ、いなかったでしょう? お一人も。あるいは目撃者を探すことすらせずにわたくしが悪だと決めつけておられるのでしょうか」


「そ、それは……アリスが……」



 途端にしどろもどろになるオーマン様。アリス様も歯を食いしばってこちらを睨んでいらっしゃいます。ああ、可愛いお顔が台無しですわ。アリス様と一夜の夢を見た殿方たちが愕然としておりますわよ?



「わたくしがオーマン様をよく見ていたとおっしゃいましたわね? ええ、そうですわね。確かに見ておりました。それはもう、じっくりと。なぜならあなたは――なのですから」


「監査、対象……?」



 徐々にオーマン様の顔色が悪くなっていきます。

 まだまだ序の口ですわよ?



「ええ。わたくしは国王陛下直々に頼まれてオーマン様の王たる資質を見定めておりました。まあ、ほんの数日で資質なしと判断するに至りましたが、いくらわたくしが目障りだとはいえ、このような茶番に興じられるほど愚かなお方だとは思いませんでしたわ」



 オーマン様は王族としての教育から逃げ出してはアリス様と仲睦まじくお過ごしになられ、生徒からの信頼もなく、成績も振るわない。そのくせ傲慢で権力を傘に好き放題されておりました。


 そもそも幼い頃から決められた婚約者様がいらっしゃるのに、彼女がに堂々と浮気をされていたのですから、さすがのわたくしも呆れ返ってしまいましたわね。


 すっかり顔面蒼白のオーマン様は、絞り出すように口を開かれました。



「お、お前は一体……何者なんだ」


「あら、失礼いたしました。まずはそこからでしたわね」



 オーマン様の問いに、会場は今日一番のざわめきを見せました。だって、わたくしが何者かだなんて、知らないのはお馬鹿なあなた方だけなのですから。



 わたくしはドレスの裾を摘んで、優雅に一礼して見せました。

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