番外編 初めての男になれた喜び《後編》
神妙に頷いたロゼリアに、いたずらっぽく笑ったアルギルは顔を寄せる。
「おまえの初めての男になれた喜び…」
身体の奥に染みこむような睦言に、ロゼリアは身体の痛みも忘れて飛び上がった。
それでも昨夜は…頭の中が甘い痺れで満たされるような時間だったと思う。
「まったく、おまえは…自分の価値を知らなすぎだな」
「自分の価値?」
前にも言われたような気がする。それでもわからないものはわからない。
ロゼリアは自分が金色の髪をしているのはわかっているし、緑の瞳も珍しがられるのは十分知っている。しかしそれは希少であって美意識と結びつくと思わない。
美しい自然も、きれいで可愛い花や動物も、この世界には数え切れないほどいっぱいあって、自分が美しいと言われることに理解ができない。
それなのに、アルギルは可笑しそうに笑った。
「外見だけではないんだがな…」
ロゼリアの考えていることなど、聞かなくともわかる。
無垢で、健気で、お人好し。地位や名誉などいっさい関係なく、人の命は惜しむのに、自分自身には無関心。
そう。ロゼリアの全てが男の庇護欲を掻き立てるのだ。
「おまえがどれだけの男を虜にしてきたのか考えると、俺は嫉妬で狂いそうなんだぞ?」
「私は、だれかを虜にしたことなど…」
反論しようとしたロゼリアは、アルギルの顔を見て意味のないことなのだと諦める。
…それなら、実践してみようか。
それは以前、エレナに習った『好きな人の前で行うレッスン』。彼女はコーエンの屋敷でロゼリアの世話をしてくれた侍女だ。
『あなたの髪と、あなたの美しさは、あなたの最大の武器です。必要な時は、利用なさいませ』
そう言っていたエレナの笑顔が懐かしい。
意を決したロゼリアは、アルギルの両手を握ってベッドから立たせる。逞しく鍛えられた身体は、ロゼリアよりずっと大きい。
アルギルは、何を始めるつもりなのかと瞳を眇めた。そんなアルギルを見つめたまま、緊張を隠してゆっくりと髪をかき上げる。
ふわり…とアルギルの前で流れた金色の髪。それは…残像を引くかのようにロゼリアの指先で舞う。
ゾク…と、何かがアルギルの身体をふるわせた。春の息吹を待ちわびたような若草色の瞳は、上目遣いにアルギルを見上げてくる。
一晩中身体をつなげていたはずなのに、ロゼリアを求める己の欲望に底が見えない。吸い付くようなロゼリアの肌を、手放せないでいるのはアルギル自身なのだ。
そんなアルギルの深すぎる愛を、ただ受け止めていれば良かったのだろう。だが、ロゼリアは…やっぱりロゼリアなのだ。
想像以上の効果をアルギルに与えてしまっているのに、今は必死にエレナとのレッスンを思い出している。
うわぁぁ。ほんとにこんな恥ずかしいことが必要なの? でも、あとは、瞬きを二回すればいいのよね…。
実は、剣の稽古をするよりもずっと緊張している。それでも…もう、とっくに自分はアルギルに恋をしているのだと、わかって欲しかった。
見下ろすアルギルの瞳が見開かれて、ロゼリアの緑の瞳は勝手に潤んでしまう。
それでもロゼリアは、このアルギルのまっすぐに自分を見つめてくる焦げ茶色の瞳が好きだ。
ゆっくりと瞬きを繰り返す。するとアルギルは、一瞬悔しそうな顔をして顔を背けた。
あれ、失敗したかな…と思った次の瞬間、ロゼリアの身体はすっぽりとアルギルに抱きしめられていたのである。
「っ。もう手放してやらないから、覚悟しろよ!」
このあと…二人が食事のテーブルについたのは、太陽が傾き出した夕刻すぎ。
ロゼリアを抱きかかえて部屋から出て来たアルギルを、誰も責めれなかったのは言うまでもない。
✤✤ おまけ ジョナサン編 ✤✤
婚約者を抱きかかえて歩くアルギルの後ろで、ジョナサンは尊大なため息をついた。
「ここまで一人の女に執着する国王はいないだろうな~」
呆れながらも、そこまで思う相手がいるのは羨ましくさえ感じる。今まで、自分は一人の女を優先できない男なのだと結婚を避けて来た。だが、帰りたい女となれば…一人しかいない。
ルーゼル城から見える遥か彼方にそびえるマウスカザス山。その麓街にいる女の優しく落ち着いた笑顔を思い出す。
「今思えば、自分に自信がなかっただけなんだよね。でも、こんなに幸せボケした王のもとでなら、彼女と過ごす時間を理解してくれるだろうな」
…ポーラ。まだ、俺を待ってくれているかい?
✤✤ ジョナサン編 でした ✤✤
それぞれの幸せを願い、ここで完結とさせて頂きます!
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。
また、どこかでお会いできることを心から願って。
高峠 美那
男装した騎士が国を滅ぼされた王女だなんて、誰も信じないでしょ? 高峠美那 @98seimei
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