番外編 背中合わせの恋

 ルーゼル軍がアザマの兵を一掃したリュディアの砦で、マイロはいつものようにハク(アルギルの大鷲)から受け取った手紙に目を通していた。 


 岩頸の上に建てられているため、城とも呼べる豪華な建造物。その理由は、もともとリュディアの教会として使われていたため。


 夜から降り出した雨は霧にかわり、遠くそびえる山々は白い雲に覆われていた。


「ああ、やっと目が覚めたか…。まあ、しばらくは大人しくしていてくれると助かるが…あいつだからなぁ」


 あいつ…とは、エルトサラの王家の生き残り、ロゼリア王女である。数ヶ月前、マイロは近衛隊の隊長としてロゼリアとともにルーゼルへ来た。しかし、ついたその日の夜にエルトサラが落城したのだ。


 それから怒涛のような日々を過ごし、やっと各国が協定を結んだことで戦争は集結した。


「ロキセルト…。おまえの妹は、俺達が考えていた以上の優秀さで、各国を動かしたぞ。もう少し落ち着いたら…ロゼや近衛隊のみんなで、必ず緑の城を再建する。まだ暫くは、国の大地で眠っていてくれ」


 ククク…。


 まるでマイロの祈りに同意するかのようにハクが応える。


 緑の城は落城したが、エルトサラの生き残りの民達は、森や川上の林で身を寄せ合いながら生活をしているという情報があった。  


「…おまえは、生きてはいないのだろうな」


 親友を想い、細かな雨を浴びながら空を見上げた。

 誰かが、民を導き命を繋いでいる。それを思うと、もしかしたら…という期待が膨らむのと同時に、そんなはずはない…という絶望が期待を上回り目を閉じる。


 今は、確かめにエルトサラの大地に帰るのが怖く感じるほどだ。


 だが、すぐにわかる。ロゼリアが動けるようになれば、真っ先に願う場所は…故郷の大地。


「もう少し…。もう少しだ。もう少しだけ、待っていてくれ」


 すう…と流れた涙が、雨にとける。すると真っ白の乾いた布が、マイロの頭にふわりとかけられた。


 男顔負けの逞しい腕を肩に置かれて、あからさまに顔を歪める。幸い顔は見えないはず。

 

「…ロゼリア姫が、目をさましましたか?」


「ああ」


 ゴシゴシと濡れた頭と顔を拭いて振り返る。彼女はマイロの信頼している部下の一人、シャルネだ。


 彼女もここ数ヶ月前、マイロ以上に命の危機を乗り越えて戦いに身をおいてきた。


 背はマイロと変わらない。はちきれんばかりの胸は女の証だが、誰よりも大きな豪剣はシャルネだけが扱える代物だ。


「…早いな。まだ、夜が明けたばかりだ。シャルネは今回の功労者でもあるんだから、もう少し休んだほうがいい」 


「いえ、じゅうぶん眠らせてもらいました」


 ルーゼルの第一部隊がロゼリアが担ぎ込まれた男爵家の護衛についてくれたため、シャルネは仲間のいるリュディアの砦で疲れを癒やしていたのだ。


「身体はもう平気か?」


「はい。大丈夫です」


「おまえの大丈夫は、アテにならんからな」


 フッ…と、お互いの顔を見て安堵する。


「あいつが目を覚ませばまた長旅になるぞ。今は休めるだけ身体を休めておけよ」


「はい」


 穏やかな返事を聞いてマイロも頷く。返信のための手紙をハクの足にくくりつけてある小さな筒にねじ込み『急がないから、無理をするなよ』と、ハクの羽をひとなでした。


 ククク…。


 承知した…とばかりに応えた大鷲は、それでも大きな羽を広げると、危なげなくタレットから飛び立つ。


 暫くはハクの飛び立った先を眺めていたが、一息つくと螺旋階段に向かった。


「っ」


 螺旋階段の入口で待っていたシャルネに驚き、思わず怪訝な顔を向けてしまう。


「どうした?」


 じっと正面から見つめられ、さっき空を見上げた泣き顔を見られてはいないか…という気まずさからつい顔を反らした。


「こんなところにいると、身体を冷やすぞ。下へ降りよう」


 シャルネの横を通りすぎ、先に螺旋階段を降り始めようと踏み出す。すると、意を決したようにシャルネが呼び止めた。


 振り返ったマイロは驚く。滅多に笑わないシャルネが、何かに吹っ切れたように笑っていたのだ。


「シャルネ?」


「マイロ隊長。私は長年あなたに黙っていたことがあります」


「黙っていたこと?」 


「はい。今まで言うつもりもなかったですし、エルトサラが滅ぼされたと知ってからは、余計に自分の気持ちを告げるべきではないと思っていました」


 落ち着いたシャルネの様子に、マイロは焦りを覚える。


 彼女は、こんな穏やかな表情だったか…と。


「ここ数ヶ月、私は何度か死を覚悟しました。そのたびに、ロゼリア姫やリンクス、たくさんの仲間に助けられて私はここにいます」


「あ、ああ」


 乾いた喉で、マイロもなんとか頷く。


「人の死は、本当に儚く呆気ない。私は、そんな中でも生きてこれました。だからこそ、今、生きて誰かを思えることは、本当に幸せなんだと思えるのです」


 螺旋階段から吹き上がる風が、二人の間を吹き抜ける。身体を押すほどの強い風を、手すりを握って支えた。

 マイロのその手が、期待と不安でふるえている。


 シャルネは、何を言おうとしている?

 まさか、隊長としてでなく、男として俺のことを?


 そこまで考え、そんなはずはない…と自分の心の声に萎縮する。


 だが、期待すればするほど、身体が喜びでふるえた。

 シャルネは、変わらず穏やかに笑っていた。


「マイロ隊長、私が近衛隊に志願したのはあなたがいるからです」


「あ、ああ」


 マイロは、いきなりなんだと顔をしかめる。しかしシャルネは、ゆっくりとまるで自分に言い聞かせるように続けた。


「マイロ隊長。私は、泣く子も黙る立派な騎士…そう呼ばれているあなたのことが、ずっと…ずっと前から好……」   


「わ、待て待て! ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


 とたんマイロは、手を上げてシャルネの告白をせいした。瞬間、悲しそうな顔をしたシャルネに慌てるも、マイロは胸を張って赤くなった顔を上げる。


「期待させるだけ期待させて、さっさと一人で先に言うなよ」

 

「はい?」


 きょとんと、首を傾けたシャルネはずいぶん可愛らしい。


「こんな時くらい、俺に男としての格好をつけさせろ」


「え?」


「いいか。つぎ、シャルネが一人で戦や警護で俺をおいて行ったら…今度は俺が追いかけるから」


 シャルネの目が、驚いて見開かれた。

 ただ、気持ちを伝えるだけのつもりで、マイロに何かを求めていなかったのだろう。


 …ふん。ざまあみろ。俺がどれだけ心配したと思っているんだ!


「俺の背中を預けれるのは、シャルネしかいないし、おまえの背中を守るのも俺でありたい。これからは、何があっても俺の側から離れるな」


 真っ赤な顔で言っているのは、自覚がある。我ながら格好悪い。それでも、初めて見るシャルネの泣き顔は、マイロの一生の宝だろう。





『シャルネとマイロの、背中合わせの恋』をお届け致しました。


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