第96話 強い絆をここに!
騎士達が動き出すと、リンクスは地面に顔を押さえつけられた惨めな女を見る。
かつては侯爵夫人として綺羅びやかな世界で権力を振るっていた女。
頬は痩せこけ、美しさを武器に男達を虜にしていた身体は、見るに堪えない。
「なあ、あんた。あんたが欲しがった権力は絶対にあんたの手には入んないんだぜ? 結局あんたは、蹴落とそうとしていたアルギル陛下へ、確固たる権力を与え、だれもが羨む最高の王妃をこの国に導いただけだ」
不思議だった。リンクスの声に怒りなどない。それは憐れみとも違うのだろう。ただ、理解しがたい動物を眺めている…そんな表情だった。
事実、情に熱く、国や王への忠誠を誓うリンクスにとって、クロエの野心などはじめから理解する気などない。
そしてそれは、ジョナサンも同じ。
「…クロエ=ヴァンカルチア。あなたのしたことは、結局我々を強い絆で結んだだけです」
虚ろな瞳がみるみる生気を失い、ガクリ…と力なく抵抗をやめたクロエを、ロゼリアも見る。歩み寄ろうとすると、すぐにアルギルの腕がロゼリアの腰にまわって止めた。
しかし、落ち着き払った緑の瞳に見上げられたアルギルは、諦めて一緒にクロエのもとへと歩く。
ロゼリアの意思を尊重する。だが、ロゼリアの腰を抱いたままの腕が、アルギルの気持ちをあらわしていた。
自分の目の前で、みすみすロゼリアに怪我をさせてしまった…その不甲斐なさを悔いているのだ。
自分も怪我をしているのに、痛みを顔に出さないロゼリア。その姿は、あまりにも尊く、壮麗。
身を挺して王を守り、国に仕える騎士の怪我に心を痛める。
それはもう、だれもが王妃としての気質を認める姿でもあった。
ロゼリアは、ゆっくりとクロエに話かけた。
「…もう、終わりにしましょう。あなたの娘と御主人は、あなたの呪縛から離れ、残りの人生を民のために尽くしていくのだそうです。この国が、各国との繋がりが、どう変わっていくのか、あなたにも見届ける必要があるのではないかと、私は思います」
「ロゼリア姫、まさか…?」
ジョナサンがロゼリアを見る。ロゼリアも、まっすぐにジョナサンを見返した。
「ええ。私は、この方の処刑取り消しを望みます」
「ですが、それでは…」
許されるはずがない…そう言おうとしたジョナサンはハッとして言葉を飲み込んだ。
びゅっ…と吹いた強い風が、ロゼリアの金色の髪をなびかせたのだ。それはまるで、赤土に舞い降りた黄金の鳥。翼の如く広がる金色の髪は、周りにいた騎士や民達を魅了する。
息を止めるほどの美しい娘は、形の良い広角を上げて大人っぽい笑顔で笑う。
「これからの未来、この方の存在は、誰かの邪魔になるでしょう。この方に関わった人間は口を封じたいと思うかもしれません」
そう言うと、急にいたずらっぽく笑ったロゼリアが、静かな口調で続けたのである。
「いつ、どこで、だれに、どのようにして殺されるのか…その恐怖を味わいながら、一生を辺境の地下牢でお過ごしください。私は、絶対に、あなたを許しません」
ゾクリ…と、背筋に走った畏怖の念。それを抱いたのは、ジョナサンだけではなかっただろう。
* * *
それから一年ほど経ったルーゼルとエルトサラの国境近く…。
二人の婚姻の儀式は盛大に行われた。
凛々しく愛情深いルーゼルの国王と、アザマに国を滅ぼされても気高さを失わなかった美しいエルトサラの王女。
二人は、隣国との友情を深め、民の声に耳をかし、互いに手を取り合って生きていくことを誓った。
二人の婚姻は、人々に勇気を与え、幸せのために何をすべきかを考えさせたという。
今、自分にできることを精一杯やろう…。
それが二人の合言葉。
おわり
番外編 『コーエン編』
『マイロ編』
『リンクス編』
『初めての朝』
『ジョナサン編』
こちらもお楽しみ頂けたら嬉しいです!
✤✤ 高峠から感謝を込めて ✤✤
ルーゼルの強い風。
寒々とした景色。
アルギルの独占欲。
ロゼリアの鈍さと剣技の強さ。
お届けできていたら、幸せです。
まずは、ここまでお読み下さり本当にありがとうございました。
また、お会いできることを願っております!
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