第95話 執念の逆襲! 刺し違えてでも!?

 もともと、戴冠式ということもあり、あちこちから花やお祝いの声がかけられ、アルギルの横を歩くのが恥ずかしい。

 それでも、満たされる嬉しさと幸福。民の幸せそうな顔が、ロゼリアの気恥ずかしい気持ちと、ルーゼルの民が自分を受け入れてくれるのかという不安を吹き飛ばす。


 その時、ふと遠くから群衆に突っ込んでくるような勢いで、馬を走らせる人影に気がついた。すぐに警戒を促したロゼリアだったが、戦場に身をおいている騎士達の方が反応が早い。だが、馬の手綱を握っているのがリンクスだとわかると慌てた。


 馬で群衆を抜けるのが困難だとわかったリンクスも、馬をその場に置いて飛び降り、走りながら、何かを叫ぶ。すぐに駆け寄った城の警備兵が、真っ青になってアルギルとロゼリアのいる方向を見た。


 これは…ただ事ではない。


「っ。頼む、通して! おいっ、聞こえるか!? 陛下! ロゼ!!」


「リンクスっ。何があったのですか!?」


 ロゼリアもリンクスに答えたいのだが、なにぶん大勢の人が戴冠式の祝いに集まっているのだ。

 そんな中を、強引に民を押しのけて進んで来たリンクスが二人の前で叫んだ。


「大変だ! クロエが、クロエ=ヴァンカルチアが、処刑塔から逃げ出したらしい!!」 


「なに!?」

「え!?」  


 アルギルやジョナサン、マイロやシャルネ、その他、事情を知っている騎士達が驚く。


「どうやって…」


 その疑問を誰かが口にした時と、それはほぼ同時だった。


 ロゼリアは、アルギルの背後にいる群衆の中に、頭からすっぽりと布を被った女の違和感に気がついたのだ。女の胸のあたりで光るもの。その形は、首飾りなどであるわけがない。


 まさか…短剣!?


 一瞬にして手先が冷え、ロゼリアの鼓動が早くなる。


 まっすぐに向けられた先端の先…それは、アルギル!?


 布で女の顔は見えない。しかし、血のように赤い唇がニヤリとつり上がった時、女の両手が、ぐっと強く短剣を握ったのがわかった。


 そしてそのまま、群衆が作る壁の隙間を抜けて、女は勢いよく飛び出す。 

 

 風が動く。

 赤土が舞い上がる。


 女の頭から、薄汚れた布がするりと滑り落ちた。チカ…と、太陽に反射した短剣はアルギルのすぐ後ろ。


「アル!!」

 

 腕を伸ばすと、かすかに腕に熱が走った。短剣の先が、ロゼリアの白い手袋を切り裂いたのだが、かまわず身体ごと女にぶつかっていく。


「き、きゃあぁぁー!!」


 とたん群衆からあがる叫び声。ロゼリアは、女と一緒に群衆の中へと倒れ込んだ。


 子供を連れた女が我が子の手を握り、一目散にその場から逃げ出す。一人の民の恐怖が、また一人、また一人と伝染し、あっと言う間に群衆はパニックに陥った。


 幾人もの群衆にもみくちゃにされ、身体を思うように動かせないロゼリアは、とにかく短剣を見失わないよう、女の腕に体重をのせて押える。


 だが、この細腕のどこに、これほどの力があるのか…。自分の命と引き換えにした女の念が強い。


 …刺し違えてでも、アルギルを殺すつもりなんだわ!


 そんな女にとって、邪魔をするロゼリアの存在など、眼中にあるわけがない。

 

 怒り狂う顔。つり上がった目。その下にある疲れと恨みをにじませた黒いくま。


「侯爵夫人!?」


 見覚えのある顔に、群衆の誰かが叫んだ。

 

「女を、捕らえろ! 捕らえろ!!」


 ジョナサンの指揮で、騎士達の腕が一斉に折り重なるよう伸びる。


 赤い鮮血が砂煙と一緒に飛び散り、ますます群衆が騒ぎ出す。かたまりとなった人集りは、我先にと中庭から城壁の門に向かって走り出した。

 

 憤怒の形相のクロエ。

 鬼気迫る騎士達の奮起。

 駆けつける城の警備兵は、雪崩れるように逃げ惑う民を必死に外へ、外へと導き逃がす。

 

「ロゼ! ロゼリア!? どこだ!?」 


「王! アルギル陛下ご無事ですか!?」  


「俺はいい! ロゼリアを探せ!」


 アルギルは、周りを取り囲む騎士達を乱暴にはらい、金色の髪を探す。


 失いたくはない…という恐怖が、想像したくないロゼリアの姿を思い浮かばせ、傾きかけた闇を必死に抗いながら、ただ夢中でロゼリアの名を叫んだ。


「…ここです」


 静かなロゼリアの声に、どれほど安堵したことか…。


 急いで駆け寄ると、ドレスこそ汚れてはいるが、生きている姿を見れてほっとする。だが、真っ白な手袋が破け、そこからじんわりと赤い血が滲み出していた。


「っ。ロゼリア! 俺の前に飛び出すなと何度言ったらわかるんだ!?」 


 心配が怒りに変わり、ついきつく怒鳴りつけてしまったアルギルを、間に入ったジョナサンが諌める。


「…陛下、お話は後で。リンクスが腕を刺されました。ギンガどのを呼びます」


「っう。たいしたことねぇよ」


 強がってはいるものの、リンクスの腕の傷は、かなりの深手だ。両方の手から手袋を抜き取ったロゼリアが、手早くリンクスの傷口を止血する。


 ロゼリアの血でよごれていた手袋は、リンクスの血で更に真っ赤に染まった。


「こんなもん、平気、平気」


 ロゼリアのことをよく知っているリンクスが、心配させないように笑って見せる。


「こんな怪我、医療師長を呼ぶほど大げさなものじゃねえよ。あんたの止血でじゅうぶんさ。なんたって俺は、あんたの持つ医療の知識を知ってるんだからな!」


「だめよ、リンクス。ちゃんと医療班の治療を受けて。もし、リンクスがサーベルを握れなくなってしまったら…私は、ルーゼルにはいられないわ」


「ちぇ、わかったよ。しかたねーな」


 肩をすくめたリンクスを見て、とりあえずほっとしたジョナサンは、部下に的確な指示をとばした。




 

次回 いよいよ最終話です。

『強い絆をここに!』

どうぞよろしくお願いします。


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