第94話 戴冠式 妻と呼べる幸せを俺にくれ
「アザマより、ザナ陛下とコーエン騎士ご到着!」
「エアロより、ウェラー陛下並びにお付きの方々ご到着!」
晴れ渡った青空のもと、各国の王が顔を揃える中、戴冠式は粛々と行われた。
ロゼリアもマイロとシャルネを従え、参列している。
今日の装いは、男装していた時に着ていたチェニックではなく、身体のラインに沿った落ち着いたドレス。
髪飾りには、アルギルに贈られたブラウンの宝石の花飾りを選んだ。ロゼリアの金の髪に映えるその深い輝きは、アルギルの瞳と同じで、贈った男の独占欲を主張しているのだが、その意味を知らないのはロゼリアだけ。
城の中庭はルーゼルの民に解放され、一目、新国王の凛々しい御姿を拝見しようと、大勢の人が集まっていた。
「おめでとうございます。アルギル国王陛下、並びにルーゼルの皆様」
アルギルの前で、小さくドレスをすくうと美しいカーテシーで膝を折る。一挙一動滑らかな動き。もう、これは幼い時より叩き込まれ、身体に染み付いた気品だ。
細い腕に白い手袋。
金色の髪が柔らかに動くたびに、そこに緑の風が吹くような残像が流れて吸い寄せられる。
膝を折ったままのロゼリアの手を、アルギルは握った。ゆっくりと立たせる。
そうして、他国の王族や、名だたる正騎士達が参列して見ている中、驚くロゼリアの前で今度はアルギルがふわりと床に膝をついたのだ。
たった今、ルーゼルの王となり戴冠の儀式を行ったアルギルが…。
ざわつく広間を気にもせず、アルギルはロゼリアの手をとったまま乞う。
「エルトサラの大地に愛された王女、ロゼリア=シリウスエヴァー姫。ルーゼルの国王としてではなく、姫を愛する一人の男として願う」
「な…に?」
「俺と、結婚してくれ…」
「え…」
ドキンっと、ロゼリアの胸を打った衝撃。その顔を見れば、それが演出されたものではないとわかる。
思わず握られていないもう片方の手で、自分の胸を押えたロゼリアの唇がふるえた。
「わ、わたしは…」
何と答えれば良いのか迷う。心は決まっている。
…ただ頷けばいい。
だが、その心の声に従っていいのかが、わからない。
すると、ぽん…と温かな温もりで、ロゼリアの肩を押してくれたのはシャルネだった。
柔らかく笑うシャルネの横で、マイロが諦めたように頷く。
シャルネは、アザマとの協定が結ばれたあと、長く秘めていたマイロへの思いを打ち明けたのだそうだ。その結果が、良い方向に進んでいるのだと二人を見ていてわかる。
二人がアルギルとの結婚を認めてくれる。ロゼリアにとって、こんなに心強いことはないのだ。
ロゼリアは、アルギルの手に自分のもう片方の手を乗せた。
「国を無くした私などを…光栄です、アルギル陛下。ですが…本当に、私でいいの?」
相変わらず自分の価値を知らないロゼリアは、今の自分ではルーゼルの国王となったアルギルとは不釣り合いなのではないかと心配しているのだ。
アルギルは、握った手に力を込めた。
「ああ、もちろん。俺はおまえがいい。前にも言ったが…俺の心と身体は、全部ロゼリアを愛しているんだ。だから、どうか俺に幸せをくれ。おまえを妻と呼べる幸せを、俺にくれ。そうすれば、これからどんな困難な中にも、俺は幸せなんだと思うことができるんだ」
そう…。それは、とても大事なこと。
これからは、自分の国だけでなく、隣国との繋がりが必要になる。勝った負けたの戦いではなく、あらゆる情報を駆使し、友情を深め、幾多の
「ルーゼルは、エルトサラのような穏やかな四季を望めない。それでも、この国の冬に負けない愛で、俺はおまえを包むと約束する」
「あ、あの、言ってて恥ずかしくないですか?」
アルギルが熱く語れば語るほど、真っ赤になるロゼリアを、参列している騎士や各国の王族達が、生暖かい目を向け見守っている。
アルギルの後ろにいるジョナサンなどは、肩をふるわせ、吹き出すのを堪えているのがありありだ。だが、ロゼリアと目が合うと、目尻を下げ、困ったように柔らかく笑い、ルーゼルの正騎士らしくまっすぐに腰を折った。
良い返事をお願いします…。
そう言いたいのだろう。
そんなふうにされても、もう、羞恥が身体を伝い、喉の奥までカラカラに渇いて声をあげることすらできないロゼリアはどうしようもない。ぎこちなく頷いて見せるのが精一杯だ。
しかし、とたん見たこともないような顔に破顔したアルギルは、立ち上がってロゼリアを抱き寄せる。
「ありがとう。ここにいる全ての者たちの前で誓おう。ルーゼルのアルギル=イグラーは生涯ロゼリア姫を愛し、守り抜くと」
アルギルの誓いに、めまいさえ感じる。だが、わざとらしいジョナサンの咳払いに救われた。
「ゴホン! えーとその誓いは、結婚式でもう一度お願いしますがよろしいですか? 国王陛下」
とたん息を吹き返したように笑い出した参列者達から、一斉に拍手が湧き上がった。ロゼリアも恥ずかしくもある中、頬が緩む。
「さあ、アルギル陛下。民達がお待ちですよ。ご婚約者様のお手をとってお出ましを」
すっかりお祝いモードに包まれた中、素直にアルギルのエスコートに身を任せたロゼリアも、集まった群衆の前にゆっくりと歩きだしたのである。
次回『執念の逆襲! 刺し違えてでも!?』
完結に近づいて参りました。
どうぞよろしくお願いします。
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