第84話 おとなしく守られとけ!
部屋中に剣がぶつかり合う音が響く。
雄叫びと断末魔。
ロゼリア達も、否応なしに剣をふった。
しかしグレンは、七星老騎士隊を名乗るだけのことはあったのだ。次々とグレンの刃に衛兵の血が流され、床に横たわるのは皆、謁見の間を守っていた槍兵達。
「この隙に、城を出ろ!」
コーエンは、ザナの前に立ちはだかりながら、数で押す衛兵の合間をくぐり抜けてくるグレンの仲間を討つ。
「早く行け!」
「っ。ですが!」
「まったく。お人好しもいいかげんにしないと、命を縮めるぞ!」
「でも!!」
ロゼリアも、どうしてここまでザナやコーエンが気になるのかわからない。
コーエンは自分が盾になってまで、ザナの命を守ろうとしている。
そのことが、せつない…と思ってしまう。
死んだ人間は、守りたい相手のために命を投げ出せて満足だろう。だが、のこされた者の悲しみをロゼリアは知っている。その重みを一生背負って生きて行く辛さも。
ザナを守って死ぬ…それはコーエンの誓い?
それとも誰かと結んだ約束なのか…。
いや、そんなキレイな物ではないのかもしれない。自分の命の期限を決めているかのようなコーエンは、まるで死ぬ瞬間を探しているかのようにも見えるのだ。
その時…グレンの剣がコーエンの背中に迫っていた。
「危ない!!」
ロゼリアは叫びながらコーエンの前に出る。
だが、すぐにコーエンとアルギルがロゼリアを引き離した。
リンクスもロゼリアの腕を引っ張る。
「おい! 行こうぜ!」
血で染まったリンクスの手。
ロゼリアのドレスも、気がつけば見る影も無いほどあちこち裂けてボロボロだ。
「ロゼ!」
その呼び声に、心が動く。リンクスと同じ、傷だらけのアルギル。二人が守ろうとしているのは、ロゼリアだ。
今は何をすべきか…。
彼らの内戦に、関わるべきではない。
そう決断したロゼリアは、二人に頷き剣を構えた。
「行きましょう! リンクス、私の後ろからついてきて!」
「はぁあ!?」
とたん、リンクスが大げさにのけぞった。
「冗談じゃねぇ。俺達があんたを助けにきてんだよ! 死んだってあんたを盾にする気なんか俺にはねぇ!」
「えっ。でも、リンクス怪我が…」
「あーうるさい! おとなしく守られとけ!」
「うっ」
アルギルにまで頭ごなしに怒鳴りつけられ、さすがにそれ以上は何も言えない。
アルギルは、不機嫌そのものの顔でロゼリアの手を握った。
「行くぞ!」
アザマの兵士から奪ったままの槍を右手に、左手はロゼリアの手を握る。
そして三人が走り出そうとした時、ザナが今まで一度も抜かなかった自分の剣を抜いてロゼリア達の前に立ったのだ。
「どけ。あんたを斬ってでも俺達は行く!」
アルギルはロゼリアを後ろに隠す。しかし、ザナはアルギルよりもロゼリアに話しかけた。
「…エルトサラの姫よ。そなたは、われに聞きたいことがあったから、この城まで来たのであろう?」
「…ええ。ザナ陛下、私は、私の国、エルトサラに攻め入った理由をあなたにお聞きしたかったのです」
「やはりそうか。ならば…言わねばならないな。我が国が、エルトサラに攻め入った理由を…」
「言うな!!」
とたん部屋の喧騒に負けないアルギルの声に、ロゼリアは驚く。しかし、ザナは続けた。
「それはな、ロゼリア姫、そなたが原因なのだ」
「え…、わたし?」
雷にうたれたかと思うほどの衝撃がロゼリアを襲う。
エルトサラが滅んだのは、私が…原因!?
私が、家族を死なせた?
「ちっ」
アルギルの鋭い舌うちは聞こえなかった。頭の中で誰かが叫ぶ。それが自分の声だとわかると、今度は心が泣き叫んだ。
なぜ? どうして?
私がエルトサラのみんなを死なせた!?
細い剣を握りながら、ロゼリアはふるえていた。
今、どれだけの感情がロゼリアの心を締め付けているのか…。
眉間を寄せたアルギルは、自分を責め続けているロゼリアを、肩に担ぎ上げる。
ここにいては、駄目だ!
一刻も早く、この城を出なくては!!
「リンクス。動けるか!?」
「誰に言ってんの! 任せろ!」
リンクスは、怪我をしているとは思えない速さでザナに飛びかかる。が、ザナの剣がとどかない位置で反転すると、槍の石突を突き出して横に薙ぎ払った。
ザナも飛び跳ねてよける。しかしその隙にアルギルはロゼリアを担いだまま、ザナの横をすり抜けていた。
「まて!」
追いかけるのを諦めたザナは、筒のような物を投げてよこす。アルギルが受けとったのを確認すると、自分は剣を構えたままロゼリアとは反対側へと走り去った。
そして次の瞬間…。
ザシュ!!
ロゼリアは、ザナがグレンの背中に剣を振り下ろしたのを確かに見た。
しかし、足を止めないアルギルの背中からでは、それ以上はわからなかったのである。
謁見の間を出ても、アルギルとリンクスの走るスピードは変わらなかった。とくにアルギルは、ロゼリアを肩に担いでいるとは思えない速さで走る。
騒がしい音と声が遠のいていくと、アルギルのあらい息づかいを身体で感じたロゼリアは慌てた。
「す、すいません。おろして下さいっ」
「まだ、駄目だ!」
「でも、アルギルだって、ひどい怪我でしょう!?」
「たいしたことない。気にするな」
「で、でも重いし…足手まといになりたくないので下ろして下さいっ」
「重くはないし、足手まといでもない。おまえの剣の腕は…さすがだった」
「だったら!」
「おまえは十分戦っただろ? もう、いいから。おとなしく守られとけ」
「うう」
しかしロゼリアには、どうにもこの体勢が恥ずかしくてしかたがない。両方の足をアルギルに握られているのだ。
ロゼリアはアルギルの肩の上にいて、彼がどんな顔をして話ているかわからず、落ち着かない。
頭の中がいっぱいいっぱいだったさっきとは違い、今は破けたドレスから生足が露わになっていて、アルギルの指先の位置がわかる。自然と頬が赤らんでいき、とにかくこの体勢をなんとかしたい。
だが、どんなに言ってもアルギルがロゼリアを下ろしてはくれなかったのだ。
そうしているうちに、数人の兵と剣を交える程度で西の裏門まで辿りつく。ほとんどの兵が、城門と謁見の間に集まっていたからだった。
次回『それが旦那様の男気です』を5月25日 土曜日に更新します。
どうぞよろしくお願いします。
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