第83話 反逆者に怒るところはそこじゃない!

 ガッ! ガッ! キン!


 一瞬、アルギルの身体に矢が刺さるのを想像し、ぞっとした。しかし、放たれた矢はアルギルとリンクス…それとコーエンの三人によって、床に落とされていたのだ。


 しかしコーエンの太ももには、一本の矢が矢じりの根元まで突き刺さっている。無表情で矢を引き抜くが、傷口からじわりと血が溢れ出した。


 それだけではない。アルギルとリンクスの服もみるみる赤く染まり出し、身体を掠めた矢傷が浅くないとわかると、ロゼリアの血の気が引く。


 それでも三人は、ロゼリアとザナの前に立っていた。


「…グレン。きさま、王に矢を向けたな?」


 コーエンの声には怒りがこもっていた。

 ロゼリアには、何がなんだかわからない。


 だが、明らかに衛兵とは違う騎士の乱入。彼らがザナが言う反逆者に間違いはなかったのだ。


「…我々は王を助けた。その証拠にほら?」


 自分の剣先をザナに向けたグレンは、三日月型に唇を吊り上げる。


「ザナ陛下はご無事だぞ? 小娘の剣からも逃れているしな」


「この状況で、陛下を殺す気はなかったとでも言うつもりなのか?」


「…どうだろうな」


 自分の剣をもてあそぶグレン。シャルネの豪剣ほどではないが、かなり大きい。


「…アザマの七星老騎士を名乗る男が王に矢を向け、それでもアザマの騎士を名乗れるとでも思っているのか!?」


 はじめて聞くコーエンの激昂げきこう。グレンと呼ばれた老騎士は、自分の剣をコーエンに向ける。


「…コーエンよ。我々老騎士は先代王から国にお使えし者。だが、今回の茶番はなんだ? ザナ陛下は女だ。間違った判断をすることもあるだろう。そのために、我々七星がいるのだ。コーエン、おまえはなぜ王の間違いを正さない? 貴様は自分の役割を忘れたのか? ただの飼い犬になり下がったのか!?」 


「間違った判断? 女だから?」


 ここで口を挟むべきではなかった。だが、思わず口を挟んだロゼリアに、グレンは勝ち誇った顔で笑う。


「そうだ。女は男より弱い。考えが甘い。度胸もない。何もかも男に劣る。先代王は、国土を広げ、他国に恐怖をうえ付けた素晴らしいアザマの王だった。だが、最後の最後で、娘に王の座を譲るミスを犯した」  


「ザナ陛下が王になったのは間違いだったと?」


 はじめて会ったグレンという男に怒りが生まれた。


「そうだ。女はな、男の下で上手に啼いていればそれでいい…。おまえはどうだ、小娘? さぞ啼くのが上手いのだろう?」 


 ニヤリと笑ったグレンはコーエンを見る。


「コーエンよ、一つ忠告しておいてやろう。破廉恥な女はな、どんなに良い物を与えても、必ず男を裏切るのさ!」


「…それは、おまえのことか?」


「は! この小娘も変わらんぞ! 見ろ!! 一国の王子と、腕利きの剣士を誑かして我が国に入りこみ、敵討ちに来たのだからな…」 


 グレンが言い終わる前に、ロゼリアは動いていた。

 コーエンとアルギルの間をすり抜けて飛び出す。振りかぶった剣を両手で握り、力一杯振り下ろした。


 ガキーン!!


 グレンの剣とロゼリアの剣が重なるが、どんなに体重をのせても、重さではかなうわけがない。


「くっ…。小娘の分際で、俺が許せないとでも言いたそうだな!」 


「ええ。許せません! ですがっ、彼らを侮辱するのは…もっと許せない!!」


 抑え込まれた瞬間、ロゼリアは身体を回転させる。次の攻撃に転じようと切っ先を下げ、足を薙ぎ払うつもりだったのだが…。


「え?」


 ぐいっと、後ろから回された太い腕に身体を引かれ、剣が届かない。


「まったく!! おまえが怒るところは、そこじゃないだろ!?」


 気がついた時には、ロゼリアの身体は麻袋のように後ろに投げ飛ばされていたのだ。


 床に打つかる!!


 そう思った時には、ロゼリアの身体はアルギルの腕に受け止められていたのである。 


 目の前では、コーエンとグレンが激しく剣をぶつけて戦っていた。 


「ふん。ずいぶん小娘に入れ込んだものだ。正直、驚いたぞ?」


「小娘? 違うな…。あれは騎士の魂を持った剣士だ!」

 

 グレンの剣を片手で弾いたコーエンが言い放つ。


 コーエンに危うさはない。やはり剣の腕は確かだ。だが、コーエンが動くたびに太ももの矢傷から血が溢れて流れていく。


「助けなきゃ…」


 考えてなどいない。ただ…コーエンを死なせたくない…それだけ。しかし、アルギルの腕は離れない。


「だめだ!!」

「でも!」


 ガキン!!


 はっ…としたのは一瞬のこと。

 グレンの剣をコーエンが弾き飛ばしていた。しかし飛び退いたグレンは、瞬時に衛兵の槍を奪う。


 グレンの怒りの形相。

 剣よりも長い槍は、コーエンめがけて鋭く突かれた。


 コーエンの頬から赤い鮮血が飛び散る。もともとあった傷跡の上をえぐられ、流れた血は顎を伝い、ポタリ…ポタリ…と床に落ちていく。


 手の甲で血を拭ったコーエンは、裏切り者のグレンを睨みつけた。

 

「…きさまは、自分の罪がわかっていない。女だろうが、男だろうが、この国の王はおまえじゃない! おまえは、王に仕えるただの兵士だろう!?」  


「ただの兵士? いや、我ら七星は兵士などという雑輩ざっぱいではない! 王の判断を正せる唯一無二の存在だ!」


「今さら七星がなんだっ。きさまがしたことは、七星の生き残りを墓の下に送ったことだ!」


「愚かな。年をとったな、コーエンよ!」


 興奮したグレンの目が血走っている。もう、話が通じる相手ではないことはあきらかだった。

 

「衛兵!!」 


 驚くほど鋭い号令で、槍兵達の顔つきが一気に変わった。


「もう、この男はアザマの七星老騎士などではない! 騎士としての誇りを失ったただの反逆者だ。グレンと王に矢を放った仲間を捉えろ! おまえ達の王を守れ!!」


「「うおぉぉぉぉー!!」」


 雄叫びのあと、謁見の間はまさに戦場と化したのである。




次回『おとなしく守られとけ!』

どうぞよろしくお願いします。

 

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