第82話 放たれた矢

「…まず、ルーゼルとの協議を聞き入れ、彼らを城に招いた理由を教えて下さい」


 ここはルーゼルでもエルトサラでもない。ロゼリアの国を滅ぼし、他国に戦を仕掛け、女子供を皆殺しにすると言われるアザマだ。

 たとえ自国の民が大事でも、ネリージャにいるルーゼル軍を一掃すればいいだけのこと。


「ルーゼル軍は…ネリージャの村を雪崩で押しつぶしたのですね?」


 一瞬、ひどく傷付いたような顔をしたアルギルにロゼリアは戸惑う。だが、アルギルはすぐに頷いた。


「そうだ。山岳の雪山。雪崩の恐ろしさはアザマもルーゼルも知っている。村は平穏そのものだったはずだ。日常の生活をしていただろう」


「そうですか…。ネリージャにはジョナサンが?」


「ああ。それと、ルーゼルの国境にはおまえの近衛隊とマイロ隊長。それに…シャルネが呼んだ援軍も進軍の合図を待っている」


「え? シャルネも無事なんですね!?」


「完璧だろ?」


 だらりと横たわったスコットをその場に残し、リンクスが立ち上がった。にっと笑うがいつもの元気はない。


 こんな時に、不謹慎だと思った。

 薄情だとも思った。

 だが、どんなに冷淡で無慈悲と罵られようと、『シャルネも生きている!』その事実がロゼリアの身体を喜びで満たす。


「シャルネが呼んだ援軍は、分かるよな?」 


「ええ。ええ。わかりますっ」


「エアロの国王が、ルーゼルについたってことさ!」 


 リンクスがアザマ兵に聞かせるように叫んだ。だからアザマはアルギル達の協議を受け入れるしかなかったのだ。


 しかし「…もう一つ」そう続けたアルギルの顔に暗い影がかかる。


 ニヤリと鼻で笑ったザナはロゼリアを振り返った。 


「われが話そう。自国の恥を口にするのは辛いであろうからな」

 

 ザナの首筋から流れた血が、服にじわりと赤い染みを作っている。だが、たいして気にしていないのか、青い宝石の耳飾りを揺らし、ナイショ話でもするかのようにロゼリアに身体を寄せた。


「姫よ。ルーゼルのクロエ=ヴァンカルチアという女を知っているか?」


「!!」

 

 今度はロゼリアが驚く。

 ザナの様子は、まるで…さっき驚かされた仕返しなのかと思えるほど楽しそうだ。


「フフ。我が国も自慢できるほどの内情ではないが、そこにいるルーゼルの王家は、もっと荒れ果てた醜さかもしれぬぞ?」


「それは…、どういうことですか?」


 ついロゼリアも小声になって聞き返す。


 事の成り行きを見守っていた槍兵から見たら、まるで女同士がナイショ話でもしているかのようだっただろう。

 だが、話している内容はそんな乙女チックなものではない。

 

 なぜ、ヴァンカルチア公爵夫人を知っているの?


 彼女は、亡きコーネル国王の姉。

 

「クロエという女はな、ずいぶんと傲慢らしい。我が国の誰かと繋がり、目障りな王子の暗殺を企んだようだ」


 王子の暗殺?

 

「まさか、リュディアの砦での襲撃!?」 


「フフ。そうだ。クロエの企みに手を貸したそやつはな、われの命令なくルーゼルに兵を送り、結果、多くの騎士を死なせた。姫よ、国を裏切った者をなんと呼ぶか知っているか?」


「…反逆者」


 ザナはロゼリアの答えに満足そうに笑った。


 ロゼリアは、散りばめられた糸を繋ぎ合わせて考える。


 ルーゼル軍は、リュディアの戦でアザマを全滅させた。

 ならばコーエンがルーゼルにいたのは、自国の反逆者をつきとめるため。ロゼリアの捜索は、そのついでだったのだろう。


 しかし、アザマがどこまでルーゼルの内情を知っているのかわからなく、迂闊には話せない。


 分かったことは…クロエがアザマの王に近い存在の相手と繋がっていること。

 どうやって利益が一致したのかは不明。

 身体で繋いだだけなのかもしれない…。


 そして、それを突き止めたアルギルは、自らアザマの王と協議することで、共通の反逆者をあぶり出そうと考えたのだ。


 アザマは反逆者を捕えることができ、アルギルはクロエの企みを決定的にできる。


 ルーゼルとアザマ、互いの利益が一致した。だからアルギル達は、城への入城を許可されたのだ。

 

 自分たちの命の保証は、約束されていない。それでも、アルギルは行くと決め、アザマに対抗できるだけの戦略と援軍を味方につけたのである。


 この日のために、いったいどれだけの準備をしてきたのか…。

 

「俺が真っ先に疑ったのは、この男だった」


「え?」


 アルギルが敵意を込めて指をさしたのはコーエンだ。

 

「彼は違いますよ? 絶対に…」


 ロゼリアにしたら、思ったままを口にしただけ。


「ロゼ、なぜこんな男をかばう? この男はたった今、スコットを斬り殺した男だぞ?」


「分かってます。ですがっ、彼はザナ陛下を裏切れません!」


「ちっ」


 鋭く舌打ちされて、ロゼリアもアルギルの怒りを煽っているのだと気づく。

 しかし、アルギルだってコーエンでないことくらいは見抜いているのだ。


「はぁ。人の気も知らないで…」


 もんもんとたまった思いを吐き出したアルギルに、思わずロゼリアの頬が緩む。それは拗ねた子供のようで、ロゼリアの良く知るアルギルの姿でもあったのだ。

 それゆえに、ロゼリアの反応が遅れた。


 人がうごめく気配。


「やはり、動いたか…」


 コーエンの殺気に慌ててロゼリアも注視する。ザナも槍兵達も、開け放したままの扉に視線を向けた。


 そこには…およそ二十人の弓兵が扉の前を埋めていたのだ。今、まさに戦に向かうような甲冑をつけて弓をかまえている。

 そして、あきらかに兵士とは違う、禍々しいまでの殺気で剣を握る男も立っていた。


 腰を落としたコーエンが、スラリ…と剣を抜くのと…その声は同時だった。

 

「放て…」


 声を理解した時には数本の矢が放たれていたのである。矢は弧を描くことなく、一直線にロゼリアとザナに向かって飛んできた。

 

 瞬間、ロゼリアは剣を立ててかまえる。

 だが…。


「なっ!」 


 アルギルがロゼリアの身体を後ろへと突き飛ばしたのだ。床の冷たさを感じる前に飛び起きるが、矢のスピードと方向を見失う。


 ロゼリアにはアルギルの背中しか見えない!




次回

『反逆者に怒るところはそこじゃない!』

どうぞよろしくお願いします。


 

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