第81話 『愛』ゆえに戦え!

「まったく、たいした小娘だ」 


 ならば、コーエンがやることは一つ。

 ロゼリアの剣を王のもとに届かせた。その罪は、命をさしだして償う。


 コーエンは、王を突き飛ばしロゼリアの剣を自らの身体で受け止めようと構える。

 だが、コーエンの考えを読んだロゼリアも叫んだ。


「動かないで! あなた方の大切な王を、私に殺させないでっ」 


 悲痛な声に、アザマ兵は動けない。それはコーエンも同じだった。


 …なぜだ?


 コーエンに迷いなどない。だが、振り下ろしたロゼリアの剣で、間違いなく自分の命が終わる。


 かつて、こんな協議があったのだろうか…。


 長く戦場にいたコーエンでさえ、小娘相手に剣を交えたことも、命の取り合いで躊躇した事もない。


 だが、ロゼリアを前にすると全ての調子が狂うのだ。

 

「まったく、どこまでお人好しなんだ…」 


 コーエンの呟きは低すぎてロゼリアの耳に届かない。それでも、おそらくこの場にいた男達には理解できた言葉だった。


 ロウソクの灯火が揺らいでいた。大きな窓から射し込む太陽の光は、床に広がった血溜まりを照らし、窓からの景色は額縁に収まった絵画のようで現実味がない。


 そしてそこには、金色の髪の娘と褐色の肌の王…。それはまるで、誰もが幼い頃に夢見た物語の一場面のようだったのである。

 

 コーエンはため息をつくと、自分の腰に剣を戻した。


「…かまわん。遠慮なく俺を殺せ。だが、その後、おまえはどうするんだ? どうやって逃げきる?」


 確かに、ザナを盾にすれば城から逃げきれる。

 皆の前で交えたコーエンとロゼリアの一騎討ち。隙をついたとは言え、ロゼリアの剣が勝ったと言ってもいいはず。


 だが、それをアザマの王や騎士が納得するのかは賭け。余裕がないのはアザマとロゼリア、双方同じに思えたのだ。


 しかし…部屋を見回したロゼリアは、今まで見せたことがない顔で笑った。

 

 …なんだ?


 ゾクリ…と、コーエンの身体に走った感覚。はじめて味合う畏怖の念に鳥肌が立つ。


「私は、あなたの望み通りになんて動きません」


「…俺の望み?」


「ええ。この城に入って、ザナ陛下にお会いして、やっとわかりました。あなたは、ザナ陛下を守って死にたいのだと」


「……」


 それは…騎士をこころざす者であれば、当然のことだろう。


 王を守り、国のために戦う…。


 それは、王とは希望であり、望み、憧れ、それと自分の野望を託した象徴。そしてコーエンには、それらに間違いなくザナへの『愛』がある。


「私は、あなたによく似た人を知っています。彼女は、誰もが認める誇り高い騎士。彼女が選んだ道は、愛した男性と同じ戦場で戦うことでした。彼の側でともに命を張り、同じ物を見て、彼を生かすために生きて戦う」 


 女でありながら、誰よりも大きな豪剣を片手で扱うシャルネ。勇ましくて強く、健気で可愛いシャルネ。


 自分の任務を全うしようとする健気さは、コーエンと似ていたのだ。自分の気持ちを、相手に気づかされることなく、ただひたむきに相手の望むものを差し出す。だからロゼリアはコーエンの気持ちに気がついたのだ。


 しかし、そこまでわかっていても、それ以上踏み込みたくない。何もかも知ってしまえば、この二人に同情してしまいそうだったから…。

 だから、ザナにコーエンの思いを伝えることも、コーエンが望むようにザナを守って死なせることも、絶対にしない。


「それに…」


 すっと声を落としたロゼリアは、ザナに向けた剣を押し付ける。


「あなたも陛下もさっきから…いったい何を探していらっしゃいますの?」


「なに?」


 コーエンの眉が跳ね上った。


「それが、なにかは私は知りません。ですが…その前にあなたが倒れてしまったら、ザナ陛下を守れませんよ? それであなたは、良いのですか?」


 ザワ…と、何も聞かされていないアザマ兵は顔を見合わせる。

 

「私は、この城に来るまで何も知らされていなかった。そして今も、あなた方は、私に全てを話していない」


 そう。そしておそらく…。


「作戦に秘密はつきものなのでしたね? でもそれを…ルーゼルのアルギル王子が一緒になって秘密にしている理由はなぜでしょう?」


「はっ」


 それは、何もかも諦めて称賛したコーエンのため息だった。


 そしてロゼリアはアルギルを見る。アルギルは戸惑う槍兵達の槍先を払い、ロゼリアに歩み寄った。


「ロゼ。俺達は、おまえを連れて帰りたいだけだ」


「ええ。ですが…あなたは、何をザナ陛下と約束されたのです?」


「っ!」


 驚くアルギルの顔を見て、ロゼリアは確信する。協議を理由に、アルギルが城まで来た理由。確かにロゼリアのためだったのだろう。だが、それだけではない。


 肩をすくめるコーエンと、面白そうにアルギルを見るザナを見れば、ロゼリアの指摘は間違っていないのだ。 


「…フフ。なるほどな。賢い娘だ。ますます姫が欲しくなったぞ? どうだ? われの養女になれば、そなたはこの国の王位継承権第一位。どこぞの妃になるより楽しそうだとは思わぬか?」


「…思いません」


 エルトサラを滅ぼした国、アザマを内側から壊してやる…そんなふうに思ったりもした。しかし、王家の人間として育てられたロゼリアには、民を裏切れるとは到底思えない。


「…ザナ陛下、あなたにお聞きしたいことがいくつかあります」


「それは、われが答える必要があることか?」 


「ええ。陛下にしか答えられないことです。ですが…まず、ルーゼルとの協議を聞き入れ、彼らを城に招いた理由を教えて下さい」


 



次回『放たれた矢』

どうぞよろしくお願いします。

 

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