第80話 ドレスを着ての戦法

「フフ。エルトサラの姫よ。エルトサラの英雄を凌ぐと言われていたのは、そなたの兄ではなく、そなた自身であったのだろう?」


「え?」


 一瞬、ロゼリアの切っ先が下がった。だが、それを許すまいと、コーエンの剣がロゼリアの剣を弾く。慌てて構え直すが、本気の一撃でない限り、ロゼリアだって後ろに引くわけがない。


「じつはな、そなたをわれの娘にしたいと思っていてな」


「…そうでしたか。それで?」


「フフ。驚かぬのか? 本当にそなたは面白いな」

 

 ピンと張り詰めた糸を、ロゼリアは手放さないでいた。もちろん驚いてはいる。

 だが、冷え切った頭はロゼリアを冷静にさせていた。


 手に馴染んだ剣を、握っているせいなのかもしれない。

 後ろに、アルギルとリンクスの視線を感じるせいなのかもしれない。


「おまえの兄を殺したのは、俺だ」


 コーエンの挑発に、怒りを感じても恐怖はない。リンクスやアルギルにも会えた。もう、十分だ。だから…ロゼリアにだって、ここまで来た理由がある。


「兄の剣の腕は…あなた方の満足いくものではなかったと言うのですね?」


「まあ、そうだな」


「ウソだわ…」


 しん…と静まり返った謁見の間に、ロゼリアの声が響いた。


「…兄を殺したのは、あなたじゃない」


「なに?」


 顎を上げたコーエンが、すっ…と青い目を眇めてロゼリアを見る。ロゼリアは続けた。


「その程度のウソ、私にだってわかります。あなたは死者を冒涜する人じゃない。兄を殺したと言って、私を怒らせたいだけ」


「…ふん。まさかと思うが、俺を信用しているのか? ずいぶん美化されたもんだ」


「美化? 私は真実を言っただけです。あなたを美化したつもりはない。だって、私の兄は、息が続く限り戦ったはずだわ。王家の人間として…民を助けて! 誰かのために流した血や命を冒涜する人は、騎士でいる資格などない! 盗賊と同じだわ!」


 ロゼリアの言葉は、その場にいた男達の心に突き刺さる。命の取り合いに慣れ過ぎてしまった彼らが、殺した相手を顧みたのはいつの頃だったか…。


 しかし、そんな冷酷な国の屋敷でロゼリアは数週間過ごしたのだ。


「どんな理由があったにせよ、あなたは私を自分の屋敷で保護した。その間、私は確かにあなたに守られていたのだと思っています。この城につくまでの道中でも。でもそれは、珍しい毛色の娘を王のもとへと差し出すまでだったのですね?」


「…そうだ」

 

「そうですか…」


 …私は、なにを自惚れていたのだろう。


 大きく息を吐き出したロゼリアは、傷付いた顔をしているわけではない。むしろ、その姿は雨に打たれても咲き続ける花のようだった。

 それはまさしく、気高い王女の美しさ。


「私は、人の命を軽んじるアザマの戦い方は許せません。それでも、私のここ数日の願いは、アザマの王と話をすることでした。その願いを叶えていただき、私は…あなたとザナ陛下に心から感謝しています!」


 キーン!!


 今度はロゼリアがコーエンの剣の切っ先に自分の剣をぶつけた。

 コーエンとロゼリアでは体重差はあきらか。押し込まれる前にロゼリアは、コーエンの剣の重さを利用して自分の刃を滑らせる。


 先急いだ間合いの入り方だ。


「ロゼーー!!」


 アルギルがロゼリアを呼ぶ。

 それだけでこんなにも心が熱くなる。

 力が湧く。

 勇気が溢れ出す。


 フッと、肩の力がぬけて笑みがこぼれた。


 抱きついて再会を喜べない私は、可愛くないわね…。


 だが、ロゼリアの頭は何をすべきかを考えていて、身体は何ができるのかを分かっていた。手も足も、ロゼリアが思うように動いている。


 ドレスでは足さばきの動きが悪い。しかし、相手に足の動きが読まれにくい。


 ロゼリアは身体を低く下げてコーエンの懐に飛び込んだ。コーエンは一歩引いて、剣の切っ先を下げる。だが、コーエンが予測していたよりもずっと、ずっとロゼリアは低かったのだ。


 床についた右手を軸に、コーエンの刃を鼻先でくぐる。左手はドレスの下に滑らせてあった自分の剣の鞘を拾いあげた。瞬間、手首を強く返して投げる。


 そんな物が、コーエンに当たるわけはない。しかも剣の鞘が当たった所で、何の意味があるのか…。


 苦しまぎれの一撃…。アザマ兵のだれもがそう思っただろう…。


 だが…。

 ロゼリアが投げた鞘は、天井にぶら下がっていたロウソクのシャンデリアにぶつかったのだ。 


 カン! カッカッカ…。


 天井にぶつかり、次にシャンデリアにぶつかった鞘は、いくつかのロウソクの炎を消して床に落ちる。


 カーン!


 軽い音。皆の視線が、ロゼリアが投げた鞘に集まる。そして、床に転がった鞘から顔を上げた時には、ロゼリアの剣はザナの首筋の横を押さえていたのだ。


「動かないで下さい…」


 そう。ロゼリアはただ一瞬の隙を作るために、自分の鞘を投げただけ。もちろん狙ったのはシャンデリア。 ロウソクを消し、薄暗くさせた中に鞘が落ちれば、人の視線は自然とそこに集まるもの。


「すげぇ…」


 ロゼリアの剣の速さを知っているリンクスでさえ、ロゼリアの動きにため息がでた。


「…いい作戦だな」

 

「ええ。アザマの英雄、七星老騎士隊のあなたにお褒めいただき光栄です」  


 称賛したコーエンの眉が上がる。

 ザナの首筋にあるロゼリアの刃は迷いがない。無理やり誰かが飛び込めば、剣を振り下ろすつもりでいるのだ。


「まったく、たいした小娘だ」


 

 


次回『愛ゆえに戦え!』を5月11日 土曜日に更新します。

どうぞよろしくお願いします。


 

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