第79話 騎士同士の一騎討ち
ロゼリアは、ことさらゆっくりと部屋の中央に戻った。アルギルと、リンクスの周りは今だに槍兵が囲んでいる。
しかし、ロゼリアだけには、槍を向ける兵士はいなかったのだ。
ロゼリアは、アザマの王女ではない。だが、ロゼリアの歩みは
ロゼリアはアルギルの前で足を止める。
何かがせり上がってきそうだった。アルギルの瞳は、まっすぐロゼリアを捉えて離さない。苦しくさえ感じる眼差しだ。
アルギルの腕が、ロゼリアにと向けられる。
…ああ。
勝手に涙が溢れ、視界が歪んだ。
固く閉じていた心のかんぬきが、スルリと落ちていく。
それなのに、今、アルギルの腕に守られてしまったら、何かから逃げているような気がしてならない。この城を出てもルーゼルまでの距離はあまりにも長いのだ。
ロゼリアは、崩れてしまいそうな気持ちを奮い立たせて、アルギルから顔を背けた。
ザナに顔を戻すと、当然のようにコーエンがザナの前に立ちはだかる。続けて、慌ててアザマ兵もザナの前で槍を構え直した。
どうする? でも、私にできることは…。
ドレスが重たい。頭が痛い。心臓が苦しい。それでも、ロゼリアは包んでいた布から、ゆっくりと自分の剣を取り出す。
本当は…色々な感情が弾けて、今にも叫んでしまいそうだった。
何も考えずに剣を振り回してしまえれば、どんなに楽だろう。自分の命さえたいした物ではないように思えてくる。
それはマグマを溜め込んだ火山のようで、無理やり身体の奥へ、奥へと押しやっても、ヌルリと血管を伝いロゼリアの手と足を突き動かそうとしている。ただ、頭だけは冷えていた。
シン…と静まり返る謁見の間に、緊張した浅い息づかいと、時折カチ…と聞こえるアザマ兵の槍が重なる音。
ロゼリアは、ゆっくりと鞘から細い刃を引き抜いた。こんなドレスでは、鞘は邪魔になるだけ。手放せば、手から離れた鞘はカツン…と、床に響いて転がる。
「私は、私の国を滅ぼしたアザマを絶対に許せない」
「まあ、もっともであろうな」
額にかかる髪をかき上げたザナは頷く。コーエンは、何の感情も見せないままロゼリアに剣を向けた。
ゆっくりと、剣の感触を確認するように手首を動かしたロゼリアは、すっとコーエンに刃の切っ先を向けて構えた。
ロウソクの炎が揺らぎ、ロゼリアの細い剣を照らして鈍く光る。
「いざ…」
コーエンのその一言は、騎士同士の一騎討ちを意味したものだろう。
とたん動こうとするリンクスとアルギルに、ロゼリアは手を向け静止を訴えた。視線はコーエンに向けたまま。
本来なら、ドレスを着たロゼリアがなぜ七星老騎士隊のコーエンと一騎討ちをしなくてはならないのか…。コーエンは間違いなく、有能なアザマの武将。
本当は、今すぐ、アルギルやリンクスを問い詰めたい。
なぜ、こんな無茶をしたの!?
ネリージャの民の命は奪う必要があったの!?
シャルネは生きているの?
マイロは?
だが、今はアルギルの作戦を正当化させる。
協議にアザマ、ルーゼルと両方に血が流れた。
ネリージャも雪に埋もれたと言った。
山岳の麓街。冬の雪山。一瞬で村も民も押し潰す物。
それは雪崩だ。
おそらく、ルーゼル軍はネリージャの村を雪崩で押し潰したのだ。
平穏で暮らしてた人達は、轟音とともに迫りくる雪崩になすすべはなかっただろう。
その残酷な有り様をロゼリアは見ていなくても想像できる。リュディアの砦での作戦を見ていたから。防護柵に押しつぶされていくアザマ兵の様子は、今でもロゼリアの脳裏に焼き付いているのだ。
きっと、ネリージャはもっと酷い。轟音の中、雪に家は押しつぶされ、子供を守って覆いかぶさる母親や、息がある者、みんな一瞬の間に雪の下に埋もれたのだ。
一番近くの村が助けに来るのはどれくらいの時間がかかるか。
なんて残酷なの…。これではやっていることは、アザマと変わらない。
話し合いの協議に国同士の主張が通じ合わないのはしかたがない。ならば騎士同士の一騎討ちは、どの国も認めた正当な勝負だ。
そしてそれは、どんな理由があっても、互いに助ける手を差し出した方が負けも同然なのである。
片手を上げて兵士達の槍を下げさせたザナは、ゆっくりと立ち上がった。迷いのない足どりは、まっすぐロゼリアに歩みよる。
コツ…コツ…コツ…。
近くで見るザナは、ロゼリアよりもずっと年上だった。鍛えられている腕や足は、女という点を除けば、国の王に相応しい。
そんな戦慣れしているザナでも、ロゼリアの細い剣は興味深いのだろう。
「まるで、祭事に使うような剣だな」
「…彼女の剣技を甘くみないように」
「…もちろんだ」
コーエンは無表情を崩さない。
ザナは低く笑う。
アザマ兵は、なぜコーエンほどの騎士が、こんな小娘相手を警戒するのか不思議だっただろう。ただのお遊びでないのなら、勝敗はあきらか。コーエンが娘を斬り殺す。
いや、彼女はエルトサラの王女…。この場で立ち上がることなどできないほど痛めつけ、 あとは敵国の軍勢の前で見せしめに突き出すのかもしれない。
二度と我が国に、歯向かう気など起こさせないために…。
だから続いたザナの言葉に、謁見の間がどよめいた。
「フフ。エルトサラの姫よ。エルトサラの英雄を凌ぐと言われていたのは、そなたの兄ではなく、そなた自身であったのだろう?」
次回『ドレスを着ての戦法』
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