第85話 それが旦那様の男気です
西の裏門には、当然ながらアザマ兵がロゼリア達を待ち構えていた。
しかしロゼリアは、彼らがコーエンの騎馬隊の騎士達だと気づき驚く。
彼らは一様に険しい顔をしていた。だが、ロゼリアが歩み寄ると、無言で二頭の馬の手綱を手渡したのである。
「…恩でも売るつもりか?」
アルギルが不信感を持つのは当然だった。しかし、彼らに答える気はない。命令されたことは果たした…とばかりに無言でロゼリア達をその場に残し、城内へと入って行ってしまうのだ。
「あの、待って下さい!」
慌てて声をかけたが、ロゼリアにも彼らが急ぎ向かう先は理解できて、引き止めるわけにはいかなかった。
彼らにとって、ロゼリア達の事などどうでもいい。それよりも今、謁見の間で何が起きているのか…。
それさえわからず、駆けつけることも許されなかった彼らの騎士としての矜持は、今やっと、忠誠を誓った国王とコーエンの元に向かう事で果たされるのだ。
誰一人振り返ることなく走り去り、寒々とした西門に一人残っていたのは、この国でずっとロゼリアの世話をしてくれていたエレナだった。
「エレナ…」
「はい。姫君。ご無事でなによりです」
とても無事だと言えるような格好ではない。それでもエレナは、にっこり笑って深々と頭を下げたのだ。
「どうぞ、お気をつけて」
「え? 待ってエレナ。私達を逃がしては、あなたにも罰があるのでは…。それに、なぜコーエンの隊がここにいたのです?」
「…旦那様の指示なのですわ」
「はじめから、私を逃がす手はずをしていたと言うのですか? なぜっ?」
コーエンの騎馬隊は、剣の腕もずば抜けている。自分の側に彼らを置いておけば、反逆者を捕らえる事だって、もっと楽だったはずだ。たとえその裏切り者が、七星老騎士隊の一人、グレンであったとしても、コーエンが深い矢傷を負うことはなかったかもしれない。
なぜ、私なんかのために…?
だが、エレナは柔らかく笑うとロゼリアを優しく諭す。
「姫君、旦那様はご自分の命を守らせるより、あなたがご自身の力で城を抜け出すと信じたのです。もしかしたら、あなたは来ないかもしれない…。それでも、旅支度が整った馬を準備し、騎士達に西門を守る名目であなたが現れるまで待たせたのですわ」
「どうして、そこまで…」
「それが、旦那様の男気だと、受け取ってくださいませ」
「男気…ですか? そういうのは、私はよくわからなくて…」
さすがにロゼリアも、自分は色恋沙汰に疎いのだと気がついている。それでも分からないものは分からないのだ。
そして自慢できるほどの大恋愛をしたことがないロゼリアには、分かったふりをすることもできない。
だが時間がないことはあきらかで、仕方なくロゼリアは話を変える。
「エレナは…なぜここに?」
「私は、自分から旦那様にお願いして参りましたの。 最後に、姫君のお顔を見てお別れを言いたかったのですわ」
「…こんな所で、危険だとは思わなかったのですかっ?」
ついきつい言葉になってしまったロゼリアに、それでもエレナは笑って頷く。
それはエレナが見せた友情の証なのだ。
ロゼリアだって、エレナの存在にどれだけ救われたことか。たった一人、敵国のアザマに連れてこられ、それでも正気を失わないでいれたのは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたエレナがいたから。
「エレナ…。あの、あなたさえ良ければ、私と一緒にルーゼルに行きませんか? アザマにとどまれば、私達を逃したと責められてしまいますでしょう?」
「いいえ。私は大丈夫です。それに、私の命は、旦那様のお屋敷をお守りするためにあります。それが、私の望みなのですわ」
「…そうですか。わかりました」
下を向いてしまったロゼリアに、エレナはいたずらっぽい笑いをすると、馬の
いち早く反応したのは、リンクスだ。
「あー! 俺のサーベル!! それと…おいこれ、シャルネの豪剣だぜぇ!?」
「旦那様が姫君をお連れしてお屋敷に戻られた時、一緒に持ち帰った物なのです。今日、姫君が西門に現れたら、返すようにとのことでした」
「あのおっさんにブンどられて、もう戻ってこないものかと思ってたよー!」
勢いよくサーベルを受け取ったリンクスは、よほど嬉しかったのだろう。
「いや〜、おっさんの男気ってヤツに感謝しちゃうなぁ。やっぱり自分のサーベルが最高だぜぇ」
そう言いながら傷だらけの顔を、サーベルに押し付けて頬ずりするものだから、自分の腹の傷は、綺麗さっぱり忘れてしまっているのかと思ってしまう。
「まったくおまえは…ヤツに殺されかけたのに、呑気だな」
「えーだってさぁ、戦場で誰が誰を殺ったなんて、いちいち覚えていられないでしょ」
アルギルのあきれ声に、明るく言い放つリンクスの懐の深さは感心する。それとも、戦とはやはりそういうものなのだろう。
シャルネの豪剣は、ロゼリアが両腕で大切に抱えた。
「…ありがとう、ございます」
もう、会う事はない…そう思うとロゼリアの声が震えた。それはエレナも同じ。
「姫君、お元気で…」
「はい、エレナも。また、いつか…」
そのあとの言葉が続かない。そのいつかは、きっと来ないとわかっているから。
だが、エレナは年上の女性らしく爽やかな笑顔で笑ったのだ。
「また、いつかお会いしましょう。必ず…」
頷いたロゼリアを、アルギルは抱きかかえて同じ馬に乗せる。ロゼリアの金色の髪が顔の近くで揺れると、やっと腕の中に戻ったロゼリアの腰をしっかりと抱えた。
次回『他の男の名を口にするな』
どうぞよろしくお願いします。
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