第77話 再会✕戦闘!(後編)

 語尾を強めたアルギルは、同時に動いた。突き出されていた槍の太刀打部分を素手でぐっと握ったのだ。


「は?」


 驚いたのはアザマ兵士だった。

 王から命じられれば、殺さなくてはならない相手。それでも、本当にネリージャの民達がルーゼル軍に囚われ、今まさに殺される直前であるのなら?


 まさか、国の王を裏切れない。しかし、家族や友人を盾に取られれば、誰に刃を向けるべきか躊躇うもの。


 そんな迷いが、彼らの腕を鈍らせている。ぐっと力を込めて握られている槍は、押しても引いてもびくともしない。

 しかし、アルギル達を囲んでいるのは、一人の槍兵ではないのだ。

 

 友人よりも家族よりも、国王への忠誠を貫き通す騎士もいる。


 とたん横から付かれた穂先を、アルギルは顔を横にして避けた。反動を利用して握っていた槍を思いっきり押せば、兵士は勢いよく尻もちをつく。そして床に座り込んだ男には目もくれず、そのまま奪った槍で、反対側から自分めがけて突っ込んでくるアザマ兵の腹に、槍の石突を突いたのだ。


 それは…時間にすればほんの瞬きの間。


 「ゴブ!」と腹を抑えたアザマの兵士がよろよろと倒れ込む。刃でなかったことを感謝するわけではないが、内臓を潰されていない限り石突で突かれたところで死にはしない。だが、槍兵の陣形などすでに崩れているのだ。 


 「よっと!」


 場違いなほどの陽気な声が響き、リンクスがアルギルの動きに合わせて、自分の目の前にあった槍兵の槍を、高く蹴り上げた。

 間髪入れず飛び上がって宙で槍を受け止める。追いかける槍兵の槍に、奪った槍を両手で握って強くぶつけた。


 ガキンーー!! 


 一瞬の静寂。

 痺れて手を離したアザマの兵士に、ニヤリと笑ってウインクし、槍はありがたく頂くと「ほらよっ!」と言って、反対側にいるスコット目掛け大きく投げたのだ。


 ブンブンブン…。


 グルグルと回転しながら槍はアザマ兵の頭上を通り越す。

 穂先に髪を切られ、慌てて頭を引っ込める兵士。避けそこねた兵士は、刃で頬を削られ、赤い鮮血は横にいる別のアザマ兵の顔に跳ねた。


 頬を削られた男と、仲間の血を顔に浴びた男。互いに見合わせた兵士。


 殺るか、殺られるかの戦闘意欲より、死への恐怖が顔に浮かんでいるのはあきらかだった。


 頭の中に、家族や友人の顔がチラつけば、思いはネリージャへ。今まさにこの男達の手の中に握られている命を、自分達で切り離し、見捨てても良いものか…? 後悔はしないのか?


 バシ!!

 

 左手一本で槍を受けとめたスコットは、ブン…と勢いよく槍を振って構える。


 武器を持っていなかったはずの三人が、一瞬で武器を持つ。アルギル、リンクス、スコットの三角の陣形は、アザマの兵士と、今だに椅子に座ったままのザナを見据えていた。 


 怪我をした兵士は後退。しかし死者は出ていない。


 おそらくアルギルの狙いは、いつでも反撃できる力が自分達にはあると見せること。

 そして、協議の礼儀を問い、ザナ国王へ偽りのない約束をさせる。

 アザマ兵士へは陽動作戦。


 だからこそ…死者は出ていないのだ。


 ザナは、アルギルの意図を察したのだろう。

 コーエンは、アルギルが動く前から気がついていたのかもしれない。


 だが、緊迫の雰囲気にのまれたアザマ兵の一人が、雄叫びを上げながら槍の穂先を突き出したのだ。


「うっ、うわぁぁぁぁー!」


「ちっ」


 鋭い舌うちのあと、アルギルが穂先を弾いてやり過ごす。だが、命と引き換えに突っ込んでくる兵士の太刀筋は目茶苦茶だ。予測出来ない方向に、上下左右へと槍を大振りに振り回す。


 槍の穂先を、顎を上げて避けたスコットは、首筋に刃が通り過ぎた瞬間、床にダイブした。

 身体は床に貼り付くようにして、握っている槍の穂先は、突っ込んでくる兵士に向けられる。


 鋭く尖った槍は、こんなにも簡単に人間の身体をつらぬくのか。


 カッ…と、目は見開いたまま、腹から背に槍が貫通した兵士は、槍を突き刺したまま、その場にバタリと倒れこんだ。 


 真っ赤な血が、ゆっくり…ゆっくりと、床に広がっていく。


 この距離だ。深さを計算できなかったのは仕方がない。しかも、石突を床に留めていたスコットの槍に、勢いよく突っ込んでいるのだ。


 …死は、残酷であり、情け容赦ない。一瞬で、男の人生そのものを終わらせる。


 スコットは、死を選んだ男に死を与えただけのつもりだったのか…。


 静寂を取り戻したのだと、得意顔で起き上がったスコットには、自分に何がおきたかわからなかっただろう…。


 ポタ…ポタ…と、滴る自分の血を一、二秒眺めていた。そして、なぜか立っていることができなくなり、ガクリと膝を床につく。


「スコット!?」


 あれほどひょうひょうとしていたリンクスが顔色を変えた。スコットを斬った男の剣からは、いまだスコットの血が滴り落ち、傷の深さを物語る。


 スコットを斬ったのは、コーエンだったのだ。


 いつの間にロゼリアのそばから離れたのか…。だが、コーエンの手には、確かに抜き身の剣が握られていた。


「くそ!!」


 頭に血が登ったリンクスは、一直線にコーエンめがけて槍を突き出す。


 ガン!!


 だが、リンクスの槍はコーエンの剣にやすやすと弾き返された。

 続けざま、トン…と軽い衝撃を受けたリンクスが、一、二歩後退して気がつけば、持っていた槍は断ち切られていたのだ。


「ちっ!」


 だが、槍を真っ二つにされた程度で、リンクスの闘争心がなえることはない。


 刃がある槍を右手に、柄を左手にと構えると、ゴムが弾き飛ぶような速さで突っ込んだ。しかし、コーエンの動きはリンクスよりも速かったのだ。剣の動きを熟知している男は、一度振り下ろした剣をそのまま手首を返して切っ先の向きを変える。

 下段から振り上げられた剣は、リンクスの腹へ…。


 リンクスに勝ち目はない。そう思った瞬間ロゼリアは叫んでいた。

 

「待って!! 待って下さい!!」 


 


次回

『連れて帰るから、息をして待ってろ!』

どうぞよろしくお願いします。

 

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