第76話 再会✕戦闘!(中編 )
「フフ。挑発にのらぬな。つまらぬ。まあ良い」
ゆっくりと肘掛けに手を置いたザナは、組んでいた足を組み直した。
「それにしても…姫はよくよく人を誑かすのが上手いとみえる。コーエンといい、ルーゼルといい…。まあ、彼らの城までのことは、機会があったら聞くがよい。われから話すこともないだろう?」
「誑かしているつもりなど、私にはありませんが…リンクスの額の傷はあなた方によるものだと解釈してよろしいのですね?」
「フフ。さあ、どうであろうな」
低く笑うザナは、さすがの存在感だった。威厳に満ちた態度は、国の王として近寄りがたく、堂々としている。その一言一句に彼女の重荷を感じずにはいられない。
天井のロウソクが揺らぐたびに、きれいに磨かれた床が反射してキラキラと輝き、かつてのエルトサラを思い出させる。それは夕日の湖畔に立っているような錯覚なのだ。
そして一段高い位置に置かれた王のための椅子に座るザナは、禍々しくも美しい。
「…そなたも驚いたであろうが、われも驚いていてな。まさかこの真冬に戦をしたがる物好きがいるとは思わん。それとも、これこそが女の甘い考えだと申すか?」
「…こちらも、冬の戦争がどれだけ過酷な戦になるのか承知している」
ザナに答えたのはアルギルだった。
「我々ルーゼルは平和的な協議がしたいのだと、理解して頂きたい。非道だと噂されるアザマ王にとっても、自国の民は見殺しにできないはずだろう?」
「ほう?」
ゆったりと椅子の背に身体を預けるアザマのザナ国王。
若くとも、不気味なほどの余裕と貫禄を見せるルーゼルのアルギル王子。
二人の視線がぶつかり合う。
「ネリージャ村にいる二百人の命と、たった一人、滅んだ国の王族の娘の身柄を引き換えろと申すのか? とんだ茶番だな」
「ネリージャ村の民達の命と、私?」
思わず呟いたロゼリアに、心配するなとでも言うかのように、リンクスが親指を立ててニカッと笑う。
アルギルの焦げ茶色の瞳はザナをとらえたままだ。
「…昨日はろくに話も聞かず、一方的な尋問だったからな。改めて言おう。我々にロゼリア王女を渡せば、ネリージャの村に危害はない。だが、拒むのであれば…村も、村の二百人の命も一瞬で消える」
「一瞬か? フフ。協議というより、それでは脅しだな。ネリージャか…。われがネリージャを見捨てれば、国の結束を揺るがせるとでも思っているのであろう?」
「…違うのか?」
アルギル達が協議を理由にアザマ城へ乗り込んできた理由が見えてくる。
ネリージャとは、ルーゼルに一番近い小さな山岳の村。どのような策でかは不明だが、その村と民はルーゼル軍の手の中だと言っているのだ。助けたければロゼリアを渡せと…。
だからこそロゼリアは、ザナとアルギルの言葉を一言一句拾い集めて必死に頭の中で組み合わせる。
アルギルは、自分達を囲むアザマの槍兵をゆっくりと見回した。
「ここに、あの村の出身はいないのだろうか? 家族や友人はどうだ? 恋人は? 我々が戻らなければ、その者達とは二度と会えないと覚悟してもらおう」
戦とは、王一人でできるものではない。
謁見の間に、ピン…と張り詰めた緊張感が漂っていた。それこそ、見えない刃を首筋にあてられていると感じるほどで、いつ床に大きな血溜まりができてもおかしくはない。
そんな中でも、ザナはフッ…と小さく笑ったのである。青い彼女の耳飾りは、ロウソクの光に照らされて輝きを増し、黒い瞳は揺らいでなどいない。
「なるほど…。ルーゼルには切れ者の戦略家がいるわけだ。まあ、われは正直、そなたの父君の考えが分からん。自分の息子を伝達者にしてまで、姫を取り戻そうとするリスクがな」
確かに、コーネル国王が生きていれば、息子よりもロゼリアを欲しがっていると思われても仕方がない。だが、コーネル国王が生きていれば…だ。
コーネル王は殺されている。ロゼリアも実際に触れて確認しているのだから間違いない。ならばアルギルは、望んでこの城に来ているのだということ。
そしておそらく、この作戦をたてたのはルーゼルの部隊長、ジョナサンだ。
みんながロゼリアを見捨てないでいてくれることは嬉しい。しかし、あまりにも無謀な作戦に思えるのは、ロゼリアが戦慣れしていないせいなのか…。
久しぶりに会ったアルギルは、こんなにも影のある笑い方をしただろうかとロゼリアを当惑させていた。
「アザマの国王へ、出過ぎたことと承知で言わせてもらえば、陛下も同じようなリスクをしょっているのではないのか?」
低く…低く続けるアルギルの声は、ロゼリアの知らない人のよう。
だが、滅ぼした国の王女を王の客人として城に招くのは、それなりの反発がアザマ城内でおきているのでは…と、ロゼリアも考えていたこと。
「陛下は、ロゼリア王女を王の客人として迎え入れた。それは…リスクを背負う価値が彼女にあると陛下も知っているからだ」
「…フフ。そうだな。リスクを背負う価値か。確かにわれは、姫にその価値があると認めている」
「ならばまず、そちらも話し合いをするための礼儀を整えて頂きたいものだっ」
吐き捨てるように言ったアルギルは、ザナに向けて一歩前に出た。
アルギルが動いたことで、槍兵も槍の穂先を上げて構える。だが、怒りを込めて見渡すアルギルの威圧感に押されて、一歩、同じ幅だけ後退しているのだと兵士達は気がついていない。
そしてコーエンは…まだ傍観者だ。
「…こんな協議のやり方が、アザマ国王の礼儀と言うのなら、噂される下世話は本物だったんだな。好んで残虐な戦をするアザマの王は、血も涙もない冷酷な王なのだと!」
語尾を強めたアルギルは、同時に動いた。突き出されていた槍の太刀打部分を素手でぐっと握ったのだ。
次回『再会✕戦闘!(後編)』を4月27日 土曜日に更新します。
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