第75話 再会✕戦闘!(前編)
「姫よ。彼らはな、昨日、我が城にやって来た伝達者だそうだ」
「っ。リンクス!? それに…なぜ、アルギル王子がここに!?」
ロゼリアの声は悲鳴に近い。だが、驚くなという方が無理だろう。
そこにいるのは、アザマとルーゼルの国境の谷で橋を落とされ、生死を確認できないでいたリンクスと、ルーゼルの第一王子アルギルがいたのだ。
リンクスに至っては、谷底の激流に流され死んだのか…それとも助かったのか、ただただ不安な日々をロゼリアが過ごしていたのにもかかわらず、ずいぶん元気そうにニカッと笑って手を振っている。心配する以外何もできなかったロゼリアは、夢でも見ている気分なのだ。
それに、アルギルだってルーゼルの城門で『必ず帰る』と約束して以来。あれから二ヵ月以上。ロゼリアがいない間にルーゼルの王となっているはず。
彼らに会えて、ロゼリアだって嬉しくないわけがない。しかし、一国の王が敵国の城にまで入るリスクをアルギルが考えていないとは思いたくなかったのだ。
…どういうつもりなの?
暖炉が焚かれた謁見の間に通された時から、違和感を感じていた。
冬の寒さを感じない温かな部屋。客人を迎えるにふさわしい高い天井には、大きな窓があるのにもかかわらず、ロウソクのシャンデリアが部屋全体を明るく照らしている。地上で一本一本のロウソクに火を灯したあとに天井に上げる綺羅びやかなシャンデリアだ。
王のための木目の椅子も、見事な彫刻が掘られていて美しい。
そんな部屋に通されたのだから、ロゼリアはやはり王の客人として迎えられているのだろう。
しかし、ロゼリアが敵国の王女とわかっているはずなのに、ザナ国王からも、部屋を見張る槍兵からも敵意と感じるほどの威圧感はなかったのである。
だからといってアザマ兵がロゼリアに好意的だとも言いづらい理由がずらりと並ぶ槍兵の数。あまりにも多すぎるのだ。
…何を警戒しているのかと思っていたけど、私を敵視しているというよりは、昨日城に入ったというアルギル達を警戒していたのね。
考えても少なすぎる情報では何も分からない。思わず横にいるコーエンを見上げたのは、今ほかに頼れる者がいないから。
しかしロゼリアの視線に気がついているはずのコーエンは、黙って無表情を貫いていて、何を考えているのかわからない。
リンクスとアルギルは、ロゼリアを見てほっとした表情だ。
「よう!」と場違いなほど明るい声でリンクスが気安くロゼリアに声をかける。だが、とたん壁に並んでいたアザマの槍兵が、リンクス達に穂先を向けて囲んだのだ。
「彼らへの刃を下ろして下さい!」
慌てて駆け寄ろうとしたロゼリアは、コーエンに強い力で腕を引かれて驚いた。ごつごつとした指は、ロゼリアが拒んでも離してくれない。反射的に見上げて睨むが、コーエンは自分の剣を抜くわけでもなくただ黙って首を振る。
「っ」
行くな…と言われても、放っておけるわけが無い。
慎重に三人と自分との距離を測り、この場で絶対的な権力があるザナの様子を伺う。だが、彼女は足を組んで座ったままだ。
「ふむ。姫の顔を見る限り、どうやらコーネル王の息子だと言うのは本当らしいな。頭の悪い男の方は、ルーゼルで姫と一緒にいた騎士だとコーエンから聞いている。確かか?」
「…ええ。彼らはルーゼルの騎士。アルギル王子とルーゼル第一部隊のリンクスです」
即答するが、この城にアルギル達がいると知らなかったロゼリアは、何も聞かされていないことを非難したい。
だが、コーエンは七星老騎士隊の一人。敵国の王族が訪問するのであれば、彼が王の側にいるのは当然だろう。
「ちぇー。俺、そんなにバカにみえるんかねぇ?」
鼻先に槍の穂先を向けられていながら、緊張感のないリンクスは相変わらず。それに顔色一つ変えないアルギルは、ハエでも払うように槍の太刀打部分を指先で押しやる。
アザマの槍兵達は、戦闘意欲を削がれ互いにどうしたものかと戸惑っている感じだ。
「ふむ。彼らはな、ルーゼル国王の代理だそうだ。この真冬にたいした忠義だと誉めてやりたいところだがな」
「ルーゼルの国王…て、コーネル国王?」
「ふむ。そうか。姫はコーネル王とも面識があるのだな」
半ば感心するように豊満な胸を突き出したザナを見て、ロゼリアも慎重に頷いた。いまだルーゼルでのコーネル王暗殺事件が、民や他国に伏せられたままなのだと理解したからだ。
しかし、それならなおのこと、アルギルが敵国の城にいていいわけがない。彼はルーゼルの王となるべき者。
いったい、どういうことなの!?
アルギル達はたった三人。アルギルと、リンクス、もう一人の若い男は、ルーゼルの第一部隊で見覚えがあるスコットと呼ばれていた若者だ。そばかすがあるせいで、幼く見えるがロゼリアよりは年上のはず。
だが、よく見ればスコットの頬にあるのはそばかすだけではない。
もしかして…酷い尋問を受けたの?
三人とも自分達のサーベルを持っていない。髪も乱れ、服も酷く薄汚れているのだ。リンクスの額には真新しい傷もある。
ザナはニヤリと笑ったまま。
「…彼らに、何をしたのです?」
「フフ。知りたいか?」
ザナの挑発に、ロゼリアは…ゆっくりと形の良い口角を上げた。
「…いいえ」
怒りとも不安とも呼べる感情が、、ロゼリアの頭を熱くしている。それなのに、感覚は透きとおっていて、言葉は不思議なほどなめらかだ。
「聞かずとも、私を客人として城に迎えて下さったザナ陛下ですもの。ルーゼル国王の代理である彼らを、不当な対応で出迎えるとは思えませんわ」
「ほう。…なぜに?」
「王の技量は、国そのものの豊かさにあります。私はアザマの城都を通って参りました。店の活気も、民の顔も、皆等しくいきいきとしていました。そんな彼らの王が、民よりも小さな才の持ち主であるわけがないでしょう?」
そう。この場合、他国という理由だけで話も聞かず、横暴な態度をとるのは器が小さいと言っているのだ。しかも協議の要求は、たとえ戦時でも応じるべきもの。
そしてこの冷静な話方こそ、ロゼリアが感情を抑えている時なのだと知っている者もいる。
次回『再会✕戦闘!(中編 )』
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