第74話 陛下、私はあなたを殺したい!
「良く来た。われはザナ。この国の王だ」
「え?」
一瞬、自分の耳を疑った。しかしロゼリアは直ぐに膝を折る。
「…お初にお目にかかります。ザナ国王陛下。エルトサラのロゼリア=シリウスエヴァーでございます」
ドレスを小さくすくい、美しいカーテシーで膝を曲げた滑らかな動作。この場にいる全ての人間が、ロゼリアのゆっくりとした動きに魅了される。しかしロゼリアは、良くも悪くも人の目に慣れているため、自分の一挙一動が相手にどのような反応を与えるかなど考えたことはない。
ザナ国王は一国の王…というより、かなり野性的ないでたちをしていた。どこかの部族の長…といった方が良いのではと思えたほどだ。
すっと顔の中心に通った鼻筋と黒い瞳。整った美しい顔をしているのに、あえて髪はバサリと下ろされ、豪華なネックレスや指輪もつけてはいない。
ただ一つ、褐色の肌によく似合う透き通った青い宝石だけが、ザナの耳で揺れていた。
そのみずみずしく揺れる耳飾りは、ザナが顔を動かすたびにキラキラとザナに花を添えている。
「うむ」
ザナ国王はロゼリアに頷いて答えると、続いてコーエンがザナに頭を下げた。
「コーエンか。ロゼリア姫の護衛、ご苦労だったな」
「は…」
右手を胸にあて、腰にある剣から左手を離した最敬礼。偽りのない忠義だ。
ズキ…と、ロゼリアの心に刺さるものは何なのか…。
この気持ちは、さみしい?
王に忠誠を見せる彼が、私を見ていないから?
だが、すぐに目を伏せる。
…違うわ。私が国王に剣を向けたら、彼も私を援護してくれるのではないか…という、甘い考えがあったのね。
「うぬぼれね…」
自分の置かれている立場を考えてみれば、あまりに
だが、今さら引き返せない。
たとえコーエンがロゼリアに味方してくれなくても、ロゼリアは戦う。
そして、ロゼリアがシャルネに言った言葉を思い出す。
『シャルネ、何を犠牲にしても生き延びて』
そう。私もここから生きて帰らなければ!
「…姫のドレスはそなたの見立てか? フフ。どうしたコーエン? 珍しいな?」
何かを含んだ笑いに、コーエンは青い目を眇めただけで、無表情を崩さない。
「まあ、良い。そなたの忠義は疑いようがないからな。して、姫。われに何か聞きたそうだな。ドレスに似合わぬその包は、剣であろう? われを殺す為に城に来たのか?」
「…いいえ。ザナ国王陛下。あなたが私を呼んだのです」
「フフ。そうであったな」
「それに、私は自分の浅はかな考えを、今、恥じております」
「ほう? 浅はかな考えとは?」
「国の王は男でなければならない。それが各国の認識であり、当然であると私も考えておりました」
ザナの青い耳飾りが揺れる。
「…それに、残虐や非道を女子供にするのは、彼等が男であるからなのだと私は考えていたのです」
「…それで?」
「…ザナ国王陛下。あなたは女性であられます」
「うむ。そうだな」
ドレスで着飾っていなくとも、ザナの豊満な胸は女の証なのだ。
「…私は、あなたにお聞きしたい。なぜ、今になって私を自分の国に招くのか? それと…なぜ、私の国を滅ぼしたのかも…」
落ち着かなくてはと思うのに、感情の渦がロゼリアの身体を荒れ狂う。
「あなたは…女であるのに、どうして…民を皆殺しにするのです!?」
「愚問だな。女は人を殺せないとでも思っているのか? それとも戦は男の特権だと?」
「っ。人を殺す特権など、たとえ国の王でもあるわけがない!」
「落ち着け…」とコーエンがロゼリアの腕を掴む。だが、怒りがロゼリアの心臓を攻撃しているようで苦しい。
分かっている。分かってはいる。それでも…。
「あなたは、女であるのに国を任されている。それがどれほど希有で苦労があるのか私にはわからない。でも、あなたに守るべき民がいるように、私にだって守りたかった人がいるのです!」
「…姫は、自分が守れなかった弱さを、われのせいにするのか?」
「っ。だってっ、すべてはあなたの命令なのでしょう!?」
戦に個人の責任などない。ロゼリアの国が滅ぼされたのも、ロゼリアの家族が殺されたのも、誰か一人のせいにするべきものではない。だが、ザナなら、それら全てを止める手立てがあったはずだ。
怒りが込められたロゼリアの叫びは、槍兵に緊張感を与えている。だが、それでもロゼリアは言わずにはいられなかった。
「私は…あなたのことなど知らなかった。たった今の今まで、あなたという人を知らなかった! それでも今、私はあなたを殺したい!」
ザ…と、謁見の間にいた槍兵の刃が、一斉にロゼリアに向けられた。当然だ。王に向かって明確に敵意を向けて、命が助かるわけはない。
だがロゼリアも、初めて会った相手にこれほどの殺意を感じるとは思わなかった。
しかし、ザナは片手を上げて否を命じたのである。
「良い。見かけは儚げなのに、ずいぶんと芯が強い娘だな。それに、揺るぎない価値観を持っている。コーエンよ。おまえがなかなか姫を城に連れて来なかった理由がこれか?」
「……」
無表情を崩さないコーエンに、ザナはため息をつく。
「姫よ。この男はな、行動に一貫性があり、周囲からの信頼も厚い。何を考えているのかわからぬ無愛想だが、われもこの男に命を助けられていてな。われが王でも、この男にだけは頭があがらない」
ザナは長い足を組んで、
「…我が王は、ザナ様のみ」
そんなコーエンを見るザナの顔は、なぜかとても寂しげだ。
「フフ。われは…おまえの王か?」
「はっ」
「そうだったな。知っておるわ…」
無表情を崩さないコーエンと、ザナとの間に見える複雑な感情は、ロゼリアの気のせいなのか…。
ザナはゆっくりとロゼリアに視線を戻した。
「おまえが姫を屋敷から出したがらなかった理由が、良く分かったぞ」
「…それは、私が弱っていたからでは?」
実際、アザマに来たばかりのころのロゼリアはかなり疲労していたのだ。しかしザナは野性的な顔でにやりと笑う。
「姫、この城にも看病できる者はいるぞ? だがコーエンは、自分の屋敷にそなたを置いた。この男がそなたを守りたいと思ったからなのであろう。われの周りには敵も多いしな」
それは…この国もまた、ザナ国王の一枚岩…と言うわけではないということ。
再びコーエンを見下げたザナは、親指を鳴らして何かの合図を出した。
「コーエンよ。おまえが今日、姫を連れて来た理由は…これであろう?」
バン!!
大きな音を立てて扉が開いた。ザナとロゼリアの前に突き出された男は三人。
「姫よ。彼らはな、昨日、我が城にやって来た伝達者だそうだ」
「っ。リンクス!? それに…なぜ!?」
次回『再会✕戦闘!』
どうぞよろしくお願いします。
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