第73話 難攻不落の城へ!

「さあ、アザマ城はもう直ぐだ。いつまでも下を向いているな」


 コーエンが手綱を握っていた手で下を向いていたロゼリアの顎を持ち上げた。

 しかし、そうは言われても背中に感じるコーエンの体温と、驚きながらも生暖かい目で道をあけるアザマの群衆を前に、自然と身体が強張るのはしかたがない。


 「情けない…」とでも言われたかのようにため息をつかれ、思わず振り返って睨んでしまう。


 コーエンにそんなつもりはない。

 ただ、アザマ城に入る前からそんなんじゃ、疲れるぞ…そう言いたかっただけだった。しかし振り返ったロゼリアは、無言で負けん気を訴えるのだ。

 目尻を染めながら睨んだところで何の意味があるのか…と、コーエンは笑いがこみ上げてくるのを苦労して抑える。


 …まったく、面倒な小娘だ。


 それなのに、そんな小娘相手に気を使うのも悪くない…と、思えるから不思議だ。


「今はまだ小娘でも、あと五年もすれば、おまえは十分大人のいい女になるだろう。そのころには、老騎士の妻という立場もそこそこさまになっているとは思わないか?」 

 

 こんなふうに、普段使わないような冷やかしの言葉遊びが自然と自分の口から出てくる。

 しかし、自分の容姿に無頓着な娘は、突然何を言い出すのか…と考えているのがありありと顔に出ているからよけいに面白い。


「…本気じゃないですよね? 五年たてば、同じ数だけあなたも年をとるってご存知ですか?」


 そう。ロゼリアにしてみれば、五年たっても、コーエンとの年齢差が縮む訳では無い。


「クッ。まあ、正論だ」


 生意気にロゼリアが言い返しても、コーエンは怒るわけでも、機嫌が悪くなるわけでも無い。ただ笑みを深くするだけ。

 しかし、続いたコーエンの低い声はロゼリアをドキリとさせた。


「五年後か…。おそらく、俺に五年後は無いだろう」 


「え? それは…どういう意味ですか?」


 今、自分がどんな顔でコーエンを見ているのかロゼリアは知らない。


 だがコーエンも、聞かせるつもりなどない独り言を聞かせてしまったのだと、顔をそらした。その顔は、はじめてコーエンが見せた困ったような…寂しそうな顔だったのだ。


「…まったく、困った娘だ」


 そう言って、傷のある頬を吊り上げて笑った時には、もう、いつもと変わらないコーエンだったのだが…。


 そんなやり取りをしている間も、馬達の歩は進んでいたのである。


「馬車を用意できなかったのは理由がある。まあ、許せ」 


 「見てみろ」と促せば、たった今まで好奇の目にさらされることを恥ずかしがっていた小娘が、とたん知的で大人びた表情に変わるのだ。


 …こういった一面も、人を惹きつけてやまないのだと、ロゼリアが気づくことはない。そして、コーエンが見届けてやれないことを残念だと思っていることも…ロゼリアは知らないのである。


「まあ、それも運命ってやつだな」


「え?」


 「いや、おまえはお人好しだなと言ったんだ。気にするな」


 やっぱりコーエンは、いつも通り。訝しげにロゼリアが睨んでも、下から衝き上げるように聞こえるエルクの歩く足音が、一定リズムでロゼリアの耳に届くだけ。


 店ごとの仕切りである布が、寒風にあおられてパタパタとはためき、そのたびに店主自慢の料理の匂いと、釜の湯気が立ち上がる。アザマの民が、寒さも忘れて食と談笑を求めて店先に集まる理由がこれだ。


 私は…何か間違えていたのかしら? 


 ロゼリアがそう感じてしまうのも仕方がない。これがアザマの日常の風景。残虐で戦を好むと言われていたアザマの…。


「さあ、前を見ろ」


 城都を抜けたその先にアザマ城がある…と考えていたロゼリアは、前方の道などない大きな岩山を目の前にして手先が冷えた。

 一瞬、コーエンに騙されたのかと思ったのだ。


 しかし、そうではない。その岩山に、細く裂けた道があったのだ。先にコーエンの騎馬隊二名が進む。それからロゼリアとコーエンが乗ったエルク、さらにその後ろを残りの騎馬隊が縫うように続いた。

 馬が一列に並んで通れるだけの細い道。


「…凄いですね。これでは、大軍が押し寄せても、城まで辿りつけない」


 太陽は真上。冬の冷たさで眩しいと感じるほどではないが、雲があついわけではない。

 それなのに、高くそびえる谷間の道は薄暗くて、双方の壁が迫ってくるような圧迫感は恐怖を与えるのだ。


「すごい。確かに、この道では馬車は通れないわ…」


 もし敵の軍勢が城都を突き破ってこの細い道まで押し寄せたとしても…膨れ上がっている水袋を絞るように、大軍で城に攻め入ることができない。

 ようするに、どれほど熱い湯でもティーポットからは、細く湯を注ぐことしかできないように、どれほど大軍で押し寄せても城に近づくには数人づつでしか近づけないのだ。

 

「難攻不落の城…」 


「ああ。この山岳ではルーゼルのように城を掘りで囲むのは無理だ。もし水で囲ったとしても、そんなもの真冬なら凍りついてしまう。だから、我が国の城は岩山を利用しているのさ。ほら、見てみろ」


「わぁ…」


 急に開けた場所に、岩山を削り出した城門があったのだ。城門にいる兵士はコーエンの姿を見ると皆、ビシリと背筋を伸ばして手にしていた槍を脇腹につける。


 コーエンの一振りで、城門はゆっくりと開いた。


 ギギギギ…。


「すごいです…」


 思わず出た賞嘆しょうたんはお世辞などではない。中庭の先に…アザマ城があったのだ。

 その城は谷間を利用し、岩山を削って建造された美しい城。

 入口は白く太い石柱が全部で八本。

 城壁は赤煉瓦で建造されていて、後方は完全に山に囲まれているのだ。


 女子供も殺すと言われ、残虐この上ないとまで言われたアザマ国が、こんなに美しい城を守っていたとは…ロゼリアは知らなかった。




次回『陛下、私はあなたを殺したい!』

どうぞよろしくお願いします。

 

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