第70話 いざ勝負!国王を討つのも選択肢?
ガン! ガン!!
部屋に反響して響く音に、ロゼリアの眠っていた力が目覚めたようだった。
さすがにコーエンの剣は重たい。横に流し、細い刃に負担をかけずその分、足を軸に身体を反転させながら手首を動かす。
稽古…というわりには、コーエンの剣は遠慮がない。いつの間にか熱くなっていく頭と身体に、研ぎ澄ました感覚を思い出していく。
ぎこちなく感じた身体が、意識しなくても動かせれるようになり、足が滑るように床を撫でる。剣の切っ先は常にコーエンの剣を追いかけ、剣の動きを熟知している男の動きをいかにして嘲ようかと、ロゼリアの細い剣が空を切るのだ。
滑らかに動く手首はロゼリアの剣にスピードを与え、予測していた一撃を剣を立てつつ身体を反転させて間合いに入る。ビッ…と手応えを感じてコーエンを振り返れば、彼の脇腹の服を切り割いていた。
しかしコーエンは眉を動かしただけで、再び体重をかけた重たい剣でロゼリアの左肩を狙った。
そこは以前、ロゼリアが落馬して怪我をした場所。完治はしているが無意識に庇っていたのだと気付かされる。
この男に、相手の怪我を狙うのは卑怯…という
かつて、ロゼリアとロキセルトの教育係であるノワールもそう言っていた。
『良いですか? 王女。どんな手を使ってでも生きる。それがあなたに与えられた役割です』
…あれは、いつだったかしら。そうだ。緑の城で…盗賊の討伐に出る前だった。
『あなたに殺す意思がなくとも、相手にはあるのです。今までは、あなたの方が剣の腕が上でした。ですが、この先、必ず逆の時が来るでしょう。そういった相手に対し、あなたは相手の弱い部分をつくことができますか?』
『…例えば、どんなこと?』
『それこそ、ご自身で考えてみてください』
あの時は…相手の弱い部分を狙うなんて考えることができなかった。でも、それが必要な時もあるのだと、今ならわかる。
コーエンとの稽古は、ノワールとの稽古を思い出させていた。手がしびれるまで稽古したあの懐かしい日々を。
そうして息がきれるまでコーエンと剣をぶつけあい、気がつけば部屋の窓が二人の熱気と暖炉の熱で真っ白にくもっていた。
ロゼリアは、ふらつきながらも気持ちの良い汗と充実感にみたされて、ベットにダイブする。
コーエンは、またクッと傷のある頬をつり上げて笑っていた。嬉しそうに見えるのはロゼリアの気のせいではないだろう。
「いい腕だ。剣は、誰におそわった?」
「…私の教育係」
「ああ、エルトサラの英雄と呼ばれていた男だな?」
「!!」
「別に驚く程のことではない。その程度の情報は持っているのさ」
「…そうでしたね」
「まあ、いい。思っていたより時間がかかったが、間に合った。明日はそれを持って国王に会いに行け」
「…私が、王を殺すかもしれないのに?」
「ふむ。どうだかな。まあ…選択肢はいくつあってもいいだろう?」
国王を殺すという選択が、あっても良いとこの男は言うのだろうか…。
アザマの七星老騎士隊である男が?
やはり最後まで、コーエンの考えていることがよくわからなかった。
夜はいつものようにエレナが用意したお茶を飲み、ベットに横になった。やはり身体を動かしたのが良かったのか、すぐに睡魔がやってくる。
「今夜は良くお休みなさいませ」
「…うん。ありがとう」
今にも眠ってしまいそうなロゼリアの顔を覗き込んだエレナは、嬉しそうに笑っていた。
「ふふふ。旦那様が屋敷であんなに楽しそうにしていらしたのを久しぶりに見ましたわ」
ロゼリアとは、父親ほど年が離れているコーエン。彼には、妻も子供もいないようだが理由があるのだろうか…。
「旦那様は…本当は優しいお方なのです。家族を持たれない理由は、常に側にいない自分が守れないからなのだと思います。七星老騎士隊というお立場も、いつ、どこで誰かの恨みをかっているか、わからないのだとおっしゃっていました」
「そう…」
守りきれない不安や寂しさを、ロゼリアも味わっている。わからなくはない。しかし、国王からの信頼もある彼が、ロゼリアに剣を返す意味は、どうしてもわからなかった。
「私が国王の前で剣を抜いたら、どうするつもりなの?」
思わず漏れたロゼリアの言葉を、エレナは優しい笑顔で聞き流す。
アザマの国王を目の前にして、ロゼリア自身もどう身体が動くのかまだわからない。しかしおそらくは、コーエンを気にかける余裕はないだろう。
国王の前で剣を抜けば、一斉に警護兵達の槍がロゼリアを襲う。
その時、コーエンはどうするの?
「あなたは…御自分の思うようになさいませ。旦那様は、全てを承知であなたに剣を渡しているのだと思いますよ」
「全てを承知?」
「ええ」
微睡む頭では考えがまとまらない。とにかく、明日…。
ロゼリアは、迫りくる睡魔に身を委ねて眠りについた。
次回『決意の朝』を3月30日 土曜日に更新します。
どうぞよろしくお願いします。
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