第69話 求婚!?
「少し話がある」
入ってきたのは、コーエンだった。手に細みの剣を持っている。それが彼の剣でないのは一目瞭然だった。散々一緒の馬に乗っていたので、彼の剣の大きさや柄の形も記憶しているのだ。
下がれ…という合図に、エレナが一礼して部屋から出て行く。ほうきを手にしているロゼリアを見たコーエンは、クッと喉の奥で笑った。
「あまり…屋敷の者を懐柔しないでもらいたいのだが?」
「…なんの事だかわかりません」
全て見られていたのだと分かり、気恥ずかしさが込み上げるが、そこはロゼリアも、ぐっと胸を張って素知らぬ振りでやり過ごす。
コーエンも、笑っただけ。それ以上は追求せずに、持っていた剣をベットの上に無造作に投げた。
パフ…と、シーツが剣の重さでシワを寄せる。
暖炉の火と、部屋の明かりは心許ない。揺らいでいて、どこか懐かしさと寂しさをロゼリアに感じさせる。
だが、目の前にある剣を見て、指先がふるえた。身体の中心が無性に熱くなって思わず両手を強く握りしめる。
「…これは、私の剣ですか?」
「そうだ。屋敷の研師に研がせておいた。すぐ使えるぞ? 剣をふりたいのだろう?」
「…なぜ?」
なぜ、分かったのかと聞きたかったのだが、コーエンは大した事ではないように笑う。
「おまえを見てれば、だいたい分かるさ」
「…私を見てれば?」
「ああ」
コーエンは傷のある頬を撫でながらゆっくりとベット脇に座る。そしてたった今投げたばかりの剣を持ち上げると、スッと鞘から剣を抜き取った。
重厚感のある部屋と、暖炉の炎。
静かで…二人だけの空間。
解き放たれた銀色の刃。
暖炉に揺れる炎がロゼリアの剣を照らして鈍い光を放つと、まるで、剣の方も持ち主を待ち望んでいたように、刃の切っ先がロゼリアの金色の髪を照らす。
「…細いな」
ぽつり…とロゼリアの剣を眺めていたコーエンが呟いた。
「細すぎて、扱いを見誤ると簡単に折れてしまいそうだ」
「……」
「だが、おまえの手にはちょうどいい…」
「…返してくれるの?」
思わず
久し振りに持った剣は、こんなに重たかっただろうか…と感じるほどだった。だが、スッと鞘から抜き取り、軽く手首を動かせば、剣はロゼリアの望む方向にしっかりと刃を向ける。
「…私に、剣を返して良いのですか?」
返して…と言っておきながら、矛盾した質問だろう。それでも、コーエンが何を考えてロゼリアに剣を返すのかわからないのだ。
「俺の部屋に夜這いに来るなら歓迎するぞ?」
「よ…夜這い? 行きません!!」
真っ赤になったロゼリアに、コーエンは相変わらず影のある笑いをする。
「…なあ、王女よ。おまえは、色がない景色を思い出して、ただ生きていきたいか?」
「…え?」
ベットの脇に座ったままのコーエンは、揺らぐ暖炉の火を見つめていた。薪がパチンと爆ぜるたびに、小さな火の粉達が踊る。
「まあ、何もかも…今の状態を、しかたのないものと思って、それにあまんじるのも悪いわけではない。それを選ぶのは自分自身であり、それでもいいとも俺は思う。実際、この屋敷で働く者は、みな親を戦争で亡くした者達だしな」
「…そうなのですか」
エレナと先程の料理人見習いの青年は、姉弟なのだそうだ。この屋敷は、戦争という国同士の戦いで、みんなが家族を亡くした者の集まり。
「…私は、ただあなたの事を戦を好むアザマの
「いや。違わんさ」
「でもっ、善意でみんなを自分の屋敷で働かせてあげてるのでしょう…!?」
「善意? 違うな。親や家族を殺されたものは、皆強い信念がある。俺はそれを利用して、 この屋敷を守らせているだけだ」
本当にそうだろうか…。
ロゼリアは、この屋敷で数日しか過ごしていない。それでも、エレナや働いている者が、コーエンを屋敷の主人として尊敬し、仕えているように見えた。
「俺も…ただ流されている人間の一人だがな」
そう言って笑うコーエンが、無性に寂しそうに見えてくる。ロゼリアがコーエンの真実を覗こうと青い瞳を見つめれば「おまえは違うだろう?」と、彼の瞳がうったえていた。
「おまえはエルトサラの王女だ。まあ、ただ流される人生を過ごす道を選ぶなら、俺の残りの人生も、あんたを着飾って生きるのも悪くないかとは…思ってもみたがな」
「…それだと、私があなたの側にずっといるのだと聞こえますが?」
「ふん。そう言っているつもりだ。伝わらないのか? まあ、この年で女に求婚したのは初めてだからな。許せ」
「きっ、きゅう、こん!?」
「クッ」
素っ頓狂な声を上げたロゼリアに、コーエンは静かに笑っただけだった。
「元気がでたか?」
「え? まさか、からかったのですか!?」
「ふん。まあ、半々だな。気にするな。いつになったら現実に戻って来るのかと思っていたのさ」
暖炉の炎は否応なしにルーゼルでの夜を思い出し、無性に心細くなって誰かの温もりが恋しくなるのだ。
『好きな人はいらっしゃいません?』そう聞いてきたエレナに、ロゼリアが思い浮かべたのは、アルギルだった。
私は、アルギルが好き?
離れてからというもの、何度か考えたことはあった。だが、エレナに聞かれてやっと分かった。
うん。私は、アルギルが好きなんだわ。
しかし今は、生きて戻る約束さえ、果たせるかわからない。
アルギルの側に帰りたい…とは思う。それでも、ロゼリアは、好きな人を思い出して嘆き悲しむ女にはなりたくない。
コーエンは「ほら」と言うと、自分の剣を鞘から抜いた。
「腕がなまっているのだろう? 相手をしてやる。好きなようにかかってこい」
それから…しばらくは何も考えずにロゼリアは剣をふったのである。
次回『いざ勝負!国王を討つのも選択肢?』
どうぞよろしくお願いします!
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