第63話 なんでそんな自信が湧くんだ?

 リンクスの焦りとは逆に、ロゼリアの頭は落ち着いていた。


 コーエンが「休め」というからには、この先も過酷な山越えが待っているのだ。


 それならその前に二人を逃がさなくては…。


 肩は痛い。緊張と寒さで身体は常に冷え切っている。ロゼリアの体力もいつまでもつかわからないのだ。


 だからこそ、二人と相談しなくてはいけない…。 


「…脱ぐ理由はわかりました。ですが、肩の怪我は、恥ずかしいですのでシャルネにやってもらいたいのです。…ダメでしょうか?」


 意識してやっているわけではないのに、ほんのりと頬を色づけたロゼリアから目を離せない男達。

 老騎士隊の一人であるコーエンの騎馬隊が率いる優秀な騎士達の集りだ。それなのに、たかが小娘が頬を染めたというだけで、皆の注意がロゼリアの存在に吸い寄せられる。


「…不思議な娘だな」 


「え?」


 コーエンの声は低くてよく聞こえなかった。だが、ロゼリアが聞き返すとコーエンは自嘲気味に笑って頷き、ロゼリアの願いを聞き入れたのだ。


「…いいだろう。女騎士の縄を解け」


「は!」


 シャルネの縄が切られたのを確認すると、ロゼリアはコーエンの目の前に立つ。コーエンが手を伸ばせば十分届く距離だ。


「では…」


 ロゼリアは、怯えも不安も一切見せずにコーエンの前でローブを落とした。フワ…と床に広がったローブがなんとも男の支配欲を掻き立てる。

 しかしそんなことには一切気にせず、ロゼリアは着ていたチェニックの紐を緩め、肩を滑らせてベルトがある腰までスルリと下げたのだ。

 

「……」


 青い目を眇めただけのコーエンが何を思ったかわからない。だが、ロゼリアがこうも簡単に胸をさらけだせたのは理由がある。


 今もロゼリアの胸には白い布が巻かれているのだ。以前のようにキツくはない。だが、男装してルーゼル城を出るからには、胸の傷口を保護するためにもと、薬草師長が真新しい絹を巻いてくれたのだ。


「…下も、脱ぎますか?」


「…いや、いい。無理を言ったな」


 それ以上は何も言わず、コーエンはロゼリアのチェニックを肩に戻す。そしてリンクスの縄を切ると、部下の騎士達を連れて部屋から出て行ってしまったのだ。


 当然、部屋の扉には鍵をかけられる。だが、とりあえず数日ぶりの三人の時間が確保された。 


 切られた縄を掴んで、ポカンとコーエンが出て行くのを見ていたリンクスは、部屋の中では自由にしていい…という指示をようやく理解する。

 そうしてロゼリアと目が合うなり、目と眉を吊り上げてロゼリアを叱りつけた。


「なんて無茶しやがる!?」


「きゃ。ごめんなさい! でも、これで話ができるでしょ?」


「はぁ!? あんた、男に裸見られて言うことがそれかよ?」 


「リンクスがそれを言うの?」


「ううー」 


 それを言われると、リンクスも弱い。


「とにかく、王女、お話とは?」


「ええ、そうね。時間がないわ」


 リンクスには今更なので、ロゼリアは左肩を出してシャルネの手当を受ける。ルーゼル城から出る時にもらっていた薬を塗り、シャルネやリンクスの擦り傷にも分け与えて、ロゼリアが丁寧に薬を擦り込ませた。


「リンクスの怪我も酷くなくてよかったです」


「俺はこれでもけっこう鍛えてるんだぜ? ま、それで?」


「あ、うん。リンクス、今どのあたりか分かりますか?」


「いや、まったくわからねぇな。途中まではなんとなくわかったが、山道だったし…」


 こういう時のリンクスは、本当に緊張感が抜けている。殺気立つのも早いが、気を緩めるのも早い。


「そうですよね…」


 気を張って過ごしていた数日の疲れが、ロゼリアの身体をどっと重くしていた。だが、これはリンクスにつられてロゼリアも気を緩めているからだろう。

 その意図がないのがリンクスの魅力なのだ。


「国境近くってことはわかってるんだ。たぶん、アザマとルーゼルの国境近くか、もう少し東のエルトサラ近くの国境よりじゃないのかなぁ」


 ロゼリアとシャルネも頷く。


「おそらく、国境は強化されているはずです。ルーゼルを出るのはそれなりに強行になると思う。二人に逃げる機会があるとすれば…その時です」


「二人って…私は、あなたを置いてはいけません!」


「うん。わかってる。でもシャルネ、聞いて。私はアザマに連れて行かれても殺されないわ。アザマ国王に、会うまでは。でも、二人の命はコーエンは保証していないの」


「…ですがっ」 


「だから、私が二人の命を保証するわ。いい? 私が必ず二人を逃がす。それで、もし私とばらばらになったら、二人は予定通りにエアロに向かって」


 ロゼリアはアルギルから渡された書簡をリンクスに渡す。それがあれば エアロで捕まっても何とかなるだろう。


「私も、隙があれば逃げるわ。もし…シャルネとリンクスが無事エアロの伯父様にお会いできたら、私が生きてることを伝えて」


「その後は、どーするんだよ?」


「その後は…リンクスなら道がわかるでしょ? エアロからルーゼル城に戻るのは危険だから…ジョナサンが、言っていたマウカザス山の麓街で落ち合いましょう。信頼できる男爵家の領地みたいだし、アルギルがいるルーゼル城からも、そんなに遠くはないわ」


「…わかった。国境を越える時だな。騒いで警備の奴らの気を引いてみる」


「たぶん、コーエンは私に剣を向けてくる。でも無視して下さい。彼は私を殺しはしません」


「殺されなくても…あの男なら、足一本落とすぐらいのことはやるかもしれねぇぞ?」


「私は、大丈夫。絶対に!」


 ロゼリアはいわば国王に渡す大事な商品だ。おそらくそこまで酷いことをするとは思えない。


「…なんでそんな自信が湧くんだよ?」


「ふふふ」


 縛られていた手首は、痛々しいほどあとが付いているのに、リンクスはいつも通りだ。ロゼリアにもやっと笑顔がもどる。


 笑うとますます綺麗なのに、相変わらず本人には自覚がない。リンクスが眩しそうに目を細めるが、理由がわかるシャルネはあえて現実的な話をした。


「もし、上手くエアロの国王に会うことができたとして…」




次回『俺を置いて逃げろよ』は土曜日の更新予定です。

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