第62話 わかりました…脱ぎます

 どれだけの心配をアルギルに与えていたのか知らないでいたロゼリアも、何もしないで助けが来るのを待っていたわけではなかった。


 しかし、シャルネとリンクスは腕を縛られ、土地勘のあるリンクスは目隠しをされて数日を馬で移動したのだ。

 やっとそこそこ立派な屋敷について馬を降りたが、剣はうばわれてしまっていたため、さすがに何も持たずにジョナサンとリンクスを逃がせるわけはない。


 ロゼリアは縛られているわけではないのだが、常に油断できないコーエンが側にいて、迂闊には動けないのだ。


「この屋敷は、どなたのものですか?」


 ポックス村からはずいぶん離れてしまったと思う。

 本当ならマウカザス山の麓街に到着して、もうそろそろエアロの城近くに向かっていなくてはならないはずだ。


「…この建物は我々の協力者から借りている」


「…協力者? ルーゼルから見たら…裏切り者ですよね?」


「我等がルーゼルの内情を話すのは、好ましくないな、王女よ」 


 そう言いながら近づいてきたコーエンが、いきなりロゼリアに手を伸ばしてきたのだ。反射的に飛び退く。だが、コーエンの方が一歩早かった。左腕を掴まれたとたん…。


「いたっ」


 激痛が走ったロゼリアは、思わず声を上げていた。苦痛を見せたロゼリアの腕をすぐに離したコーエンは、今度は壊れ物を包むようにロゼリアの細い腰に腕を回し、身体ごとロゼリアを引き寄せたのだ。


「え?」


 驚いたのはロゼリアだけではない。シャルネやリンクスを見張っていた騎士達も驚いて動きが止まる。


「な、に?」


 背中に当たるコーエンの鍛えられた身体。腰に回された太い腕。

 ロゼリアに、ゾッ…と悪寒が走った。アルギルに抱きしめられても、そんなふうには感じなかった。


 これが、信頼している相手と、信頼していない相手との違いなのだろう。


「このやろう! 離しやがれ!!」


 リンクスが縛られたままコーエンに突進する。しかし、屋敷に入った所でちょうど目隠しを外されたばかりだったのだ。

 そんなヨロヨロのリンクスの突進など、コーエンはひょいと避ける。そして、皆がいる前でロゼリアの服を脱がそうとローブの留め金を外したのだ。


「なにをするのです!?」


 さすがにいち早くシャルネが叫んだ。男が女の服を脱がそうとする行為が何を意味するかわかるからだ。

 そのうえ、ロゼリアは敵国の王女。何のために服を脱がそうとするのか…想像することはたやすい。


 しかし、ロゼリアは背中越しのコーエンをゆっくりと見上げた。この男から、女を辱めてやろう…というような、そういった感情が伝わってこないのだ。もちろん、無感情で何も考えずに女を痛めつけようとする男もいるだろう。


 だが、この男がそんな面倒なことをするだろうか…。


「待って、シャルネ。リンクスも…。それで? あなたは、私に何をしようと言うのですか?」


「わからんのか?」


 無表情のままコーエンは、ポン…とロゼリアの肩に手を置いたのだ。


「いっ……」


 たいして力は入っていなかっただろう。しかし、ロゼリアは肩を押さえて座り込んでしまう。


「は?」


 リンクスがキョトンと目を見開いた。ずっと目隠しされていたため、やっと明かりに目が慣れてきたのか、パチパチと瞬きを繰り返してロゼリアとコーエンを交互に見る。


「あんた…まさか、肩を怪我しているのか?」 


「え? あ…うん」


「いつだよ!?」


「落馬した時かな」


「はあ!? なんで黙ってたんだよ!?」

 

「えっ? だって二人だって縛られているし、左だから、たいしたことないかなって思って…」


「たいした事ない!? シャルネーー! あんた、知ってたのかよぅ!?」


「…はい。いちよう」 


「はぁ〜。なんだよ。知らないのは、また俺だけかよー」


 リンクスは拘束していた男に腕を持たれたまま、力が抜けてずるずると床に座り込んだ。


「あの、リンクス…大丈夫?」


「はあ…。あんたが俺を気づかってどーするんだよ。かっこわりーなぁ」


 『そんなことはない!』と言いかけ…リンクスのふてくされた顔を見てやめる。


「えっと、私も言いませんでしたし…まさかコーエンさんに、気づかれているとは思いませんでしたので…」


 馬にはコーエンと一緒に乗せられていた。手綱はコーエンが握っていてロゼリアが引く必要もなく、馬からを降りる時も、必ずコーエンが先に動いてロゼリアを降ろした。

 それはロゼリアが捕虜であって、逃げ出さないためだと思っていたし、今の今まで、コーエンも何も聞いてこなかったのだ。


「…国境を越える日までは、この屋敷にいる。逃げ出すなどとは考えるな。とにかくしばらくは皆、休め。怪我の治療に必要な物があるなら用意させる」


 相変わらず、優しいというよりは…ただ生き抜くために必要な休憩だと聞こえる。


 寒さを凌ぐには建物の中というだけありがたいのだが、暖炉があるわけではないのでとにかく寒い。しっとりと水分を含んだローブだけでも干す所がないかと、部屋を見渡した。


 するとコーエンが、なぜか部下達を扉まで下がらせたのだ。


「悪いが…王女。あんたには、一度俺の前で服を脱いでもらいたい」


「え?」

「は?」


 ロゼリアと、リンクスの疑問符が重なった。


「我々はエルトサラの王女を連れて行くのだ。十中八九あんたは王女だと思うが、その服は男物だな。男装している理由はだいたいわかるが、連れて行って男でした…では、話にならんのだ。女の証は服を脱げば一目瞭然だろう?」


「なんだとぉー!」 

「リンクス!」 


 とたん立ち上がったリンクスを、ロゼリアは慌てて止めた。だが、かえってリンクスの苛立ちを煽ったようだ。


「くそ! なんで、あんたは怒んないんだよ!」


「えーと」


 考えてみるが、コーエンの言葉は正論なのだ。


「わかりました。脱ぎます」

 

「お、おい!?」




明日『なんでそんな自信が湧くんだ?』を更新します。

よろしくお願いします!

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