第61話 情熱的な男はいい男?
「こうなってくると、ミシェル嬢が倒れていたあの部屋に、あの人がロキセルト王子として国王に会いに行ったのは正解だったね。もし、異国の見ず知らずの女が国王の死と対面していたら…間違いなくその場で処刑されていた」
「ああ。…おまえの浅知恵が実行されなくて良かったな」
「おや?」
これは、ジョナサンがドレス姿のロゼリアをつれて、コーネル国王と謁見しようと知ったアルギルの嫌味である。
「王子は、あの人の着飾った姿を見たいとは思わないと? それは残念」
「…べつに、見たくないとは言っていない」
「へー。そうでしょうかねぇー? アルギル王子は女より国の繁栄が大事ですもんねー」
嫌味を言われたお返しとばかりに、ジョナサンが軽妙な会話で応酬した。
「そういえば…王子は、どんな女にもなびかない堅物でしたからね!」
ここぞとばかりに、部下達も面白がってジョナサンに味方して参戦する。
「おや、さすがは第一部隊。王子のことをわかっているな。アルギル王子は部下のはからいを浅知恵ときた。自分は愛おしい彼女からのキスで、ベットの上から起き上がることもできないでいたくせに」
「おい…」
さすがにこれには、腹が立つ。ジョナサンの言葉は事実であるが、アルギルは気を失っていただけで腑抜けになっていたわけではない。
「おまえ…」
「まったくその通りです、部隊長!」
反論しようとしたアルギルの言葉を、怖いもの知らずの若い騎士が遮った。つい最近、第一部隊に上がったばかりのそばかすがある若者、スコットだ。
「聞いて下さい部隊長! 王子は遠征先だってクソ真面目で、部下には黙ってついてこりゃあいいと思っているんです。女と一晩楽しむ時間もありません!」
「なるほど。それは…いけないな! 男には女の肌が恋しい夜もある。まあ、王子はそれで自分の悪評が広まっても、国外には王子としての威厳ととられ、国では面倒な女もよりつかなくなるって計算でしょ?」
「おい…」
「一石二鳥っていう、ずる賢い男っていうヤツですね?」
「ああ、そうだ! そんな王子がねー、まさか、本命にはあんなに情熱的に抱きしめるとはね…。国の王になる男が、ますますいい男になってどうするんだよ?」
「そこなんですよ! いや〜自分が女でしたら…おちます。ええ、間違いなく、おちますよ!」
「…スコットが王子におちても、喜ぶやつがいるのかい?」
妙にしんみりと聞いたジョナサンにつられて、第一部隊の騎士達からどっと笑い声が上がった。
「おい…おまえ達、いいかげんにしろ!」
からかう部下たちを一瞥するものの、こんなふうに仲間と言い合うのも悪くはない…と、アルギルも思っていたのだ。
それに…以前よりずっと第一部隊の繋がりを強固なものにしたのが、リュディアでの戦と、ルーゼル城でおきた陰謀の罠。
結局はロゼリアなしでは切り抜けられなかったのだと、あらためて感じるのである。
心に強烈な戦慄を残して消えたロゼリアに、必ず迎えに行くから、どうか無事でいてくれ…と、願うだけだった。
だが…無情にも、ロゼリア達の行く先を追えない日々が続いたのだ。ポックス村の自警団が白状したことで、三人が火祭りの夜をポックス村で過ごしたことはわかった。
しかしその後は…近くの林を抜けた丘で、土に埋められたアザマ兵の三体の屍が見つかり、大きなエルクの角が二つ落ちていたのだ。
この三体の遺体を掘り起こすのに、どれほど緊張したか…。
遺体がロゼリア達でないとわかると、ポックス村の民家。それから近隣の村や山を捜索した。だが、まったく手がかりさえつかめない。気がつけばルーゼルの山々は雪化粧され、城都の石畳にもうっすら雪が積もるようになっていた。
「…ロゼ。どこにいるんだ?」
アルギルは、暖炉で温められた部屋から出てバルコニーに出た。そこからはすっかり冬の雪景色にかわった城都が見渡せる。
毎年変わらない見飽きた景色。それなのに、今年の冬は無性に寂しい景色に見える。
ロゼリアが…恋しい。
触れた温かさを知ってしまえば、側にいて抱きしめることができないということが、こんなにもアルギルを不安にさせている。
「帰って来たら…城に閉じこめてやる。泣こうが、暴れようが…ベットに縛りつけて、一日中抱くからな。俺は優しい男ではないから…」
「くっ」
「……く?」
アルギルが油断していたのも悪いだろう。振り返ると、王子の部屋を堂々と横切ってバルコニーに出てきたジョナサンの顔は、可笑しそうに笑っていたのである。
「いやいや、一国の王にそんな顔をさせるとは、彼女は凄いなぁ」
「まだ、王じゃない」
「まあね」
戴冠式は済んでおらず、コーネルの死は相変わらず国民に伏せたままだ。
「まぁなんだな。おまえは誰よりもあの人に優しくしていたと思うぞ? 国中の女が彼女を羨むほどにはね。ただ、どんな女も彼女にはかなわないけど」
それはジョナサンの本心だ。そして「それよりも…」と言って親指を立てたのである。
「ま、おまえが喜ぶ情報が手に入ったよ?」
次回『わかりました…脱ぎます』
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