第60話 彼女も俺を選ぶなら…

「まず、北以外の国境警備を強化しよう。仮に裏切り者がいても、王命であれば簡単に入ることも、ルーゼルから出ることもできないはずだからな」 


 「名前を借りるぞ?」と言うと、すぐさまペンを走らせる。アルギルの焦りを理解して、ジョナサンは冷静を努めていた。


 そんなジョナサンを見ていれば、アルギルも、疑わしき者を洗い出す方へと頭が動く。


「…叔母の動きは?」 


「侯爵夫人に動きはないね。誰かに文を託した様子もないし、誰かと接触した様子もない。今回のことは…夫人は関わっていないと思う。ただし、屋敷に見張りがつく前に、何かしら企んでいたら…まあ、それはわからないけどね」


「…リュディアの砦で捕えているアザマ兵は?」


「リュディアには、マイロ隊長がいる。エルトサラの近衛隊と一緒にね。彼は若いが、さすがに優秀だな。何も問題ない」


 捕虜に不当な扱いをせず食事を与え、その分、労働という形で崩れた防護柵をあっという間に修復させた。

 自分がやるべき役割を理解しているからこそ、マイロは近衛隊の隊長を任されている。


 そして…何より自国の王女を信じているのだ。


「彼も、ロゼリア王女に魅了された一人だね」


 ピクリ…と、アルギルの眉間が引きつった。


 ジョナサンが睨まれれば、またしても騒ぎだすのかと周りを囲んでいた部下達が緊張する。しかし、ジョナサンにはアルギルの本気度を測る計算式でもあるのか。この程度ではニヤけた笑いでやり過ごすだけ。


 尖っていたアルギルの視線が諦めたように下がった。やはりジョナサン相手では分が悪いと認めているのである。低くため息をついて先を促すアルギルは、兄の冷やかしにふてくされた子供のようなのだ。


「…ドラグは?」


「第二王子ね。彼は…あれ以来、何も口にしようとしない。今は薬草師長が作った得体の知れない飲み物を無理矢理飲ませているけれど、日に日に痩せているそうだ。このままでは彼は死ぬかもしれない」


「…全てが明らかになるまでは、何を食べさせてもいいから生かせ」


「ふ。わかってるよ」


 痛む唇を引きつりながら笑ったジョナサンに、アルギルも大きく息を吐き出しながら笑った。ジョナサンが口にしなかった言葉を理解したのだ。

 「甘いやつだな」と、言いたかったに違いない。


 アルギルの目に理性が戻ったことを確認すると、ジョナサンも大きく息を吐き出した。肩を揺らして、あからさまに疲労感を見せる。


「ま、ロゼリア姫は、大丈夫でしょ。なんせ豪剣を持った女騎士と、我々ルーゼルの第一部隊であるリンクスがついているんだから。ああ見えて、リンクスの腕は悪くないんだ」


「…リンクスの方がロゼリアより弱いって、おまえが言ったんだぞ?」


「ふ…。そうだったかなぁ。でも、事実でしょ?」


「…くっ。ああ、そうだな」


 互いに不自然な笑い方だったのはしかながないだろう。しかし、今はロゼリアとリンクス、豪剣の使い手のシャルネ、三人の力を信じるしかないのだ。


「…行かせるんじゃなかったと言ったら、言い訳がましいか?」


「いや。ぜんぜん」


 アルギルの言葉に、ジョナサンは全てを理解して首を振った。


「まぁ、だったら…なんで行かせたんだって普通思うけどね」


「ロゼリアが、行くって決めたんだ」


「まぁね。でも、おまえが本気で止めれば、彼女は行かなかった。あー違うな。行けなかったと思うよ。たぶんね」


 アルギルが、どれだけロゼリア姫を大切に思っているかはわかっている。そしてたぶん、彼女もアルギルに好意があるのは間違いない。


 しかし…まだ本人は気がついていないかなぁ。


「まあ、一国の王女とはいえ、彼女はまだ十七だからね。まだまだ、幼い娘だ。そこんとこは、気長に待つしかないんだろうね」


「幼い娘? 違う。小娘なんてもんじゃない。彼女は…知性と剣技と、誰よりも勇敢さを持った女だ」


「…ああ。そうだね」


 アルギルは愛情深い男だ。ほかに彼女をいかす方法が無かったにしろ、手放したくはなかったはず。


 彼女の決断に納得はした。それでも、他の男が彼女に触れることは許せない。それをわからせるために、あんなこと(城をたった時のキス)をしたのだろう。


 この男に、ここまで想われるのは…やはりロゼリア姫だからなのだろうね。


「…なにもかも終わって、彼女がエルトサラの再興を望んだら、おまえは彼女を国にかえすのか?」


「…一人では、国にかえせない」


 アルギルの声は、先程とは比べ物にならないくらい静かだ。だから余計に心配になる。


「一人って、まさかおまえがエルトサラに行くって言い出すんじゃあないよね?」


「もし、なにもかも終わって…、ロゼも俺を選んでくれるなら、この手が届く側にいてもらいたい」


「…それなら、ロゼリア姫にはルーゼルの王妃になってもらおう。この国にとっても、彼女が王妃になるなら大歓迎だ。だが、おまえが国を離れることは…許されないよ?」


「ああ。わかっている。その時は…道をさがすさ」

 

「…まあ、そうだね」


 もしも…の話がどれだけ意味のあるものかわからない。それでも、生き残ったエルトサラの民は、ロゼリア姫が、王妃になることを望むだろう。


 だが、まだまだ先のことだ。

 今は、ロゼリア達の行方を探す方が先。


 ジョナサンだって、探しに行きたいアルギルの気持ちは、十分に理解できるのだ。

 母親を亡くしてからは、父親の国政を助け、年の離れた弟を守り、ろくに女遊びもせず、国と軍を強化してきた。その弟に裏切られ、どれだけ暗い闇がアルギルの中に荒れ狂ったか想像できる。

 だが、アルギルは彼女に会った。いや、想い人に再会したのだ。どれほどロゼリアの存在にアルギルが救われたか…。

 

 だからといって、今、アルギルが城を離れて、侯爵夫人が乗り込んできたら…どんな手を使ってくるかわからない。

 医療班とギンガは、ミシェル嬢にかかりきりだし、その隙にドラグを殺されでもしたら、死人に口無し。コーネル国王までドラグの罪として、扱われてしまうだろう。

 ミシェルの意識が戻っても、娘に対してなら、どのようにでも言いくるめてしまえばそれでいい。


「こうなってくると…」





次回『情熱的な男はいい男?』です。

よろしくお願いします!


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