第59話 愛情深い男

 その頃…ルーゼルの城でも、ロゼリアを思って苦渋の決断をしたアルギルの元へ『想い人、未だ到着せず』の連絡が、マウカザス山の麓の街から入ったのである。


「どういう事だ!?」


「わかりません! それ以上の情報もなく、もしかして…なにかあったのでは…」


 戸惑う部下を叱り飛ばしても何も変わらない。

 もともと、ロゼリアを城から送り出してからというもの、心配と焦りで苛立ちを募らせていたアルギルは、ジョナサンの静止も聞かずに作戦室から飛び出そうと床を蹴る。


「王子!! どこへ行こうというのです!? 今、城を空けることが、どれだけ危険かわかっているでしょう!?」


「だから、なんだ!? ロゼリアのことは捨てておけとでも言うのか!? もとはと言えば、おまえの考えでこんな事になったんだろう!!」


「王子!!」

「アルギル王子!」


 ジョナサン一人では抑えきれないとわかると、その場にいた第一部隊の騎士達みんなでアルギルを押さえにかかる。だが、力任せに振り払おうとしたアルギルの腕がジョナサンの顔に命中した。


 ガッシャーン!!


 テーブルがひっくり返ったかと思うと、ジョナサンの身体は吹っ飛んでいた。大きな音を立てて水差しやグラス、広げていた地図まで床に散乱する。壁に身体を打ち付けたジョナサンが、呻きながら膝を付いた。


「つぅぅー」


 唇が切れて血が顎に伝う。手の甲で顎の血を拭い、唇のすみは親指でなぞった。


「…気は、すんだか?」


 あえて敬語をやめて、口の中に交じる血はこれ見よがしに吐き捨てる。打ち付けた背中の痛みに顔を歪めながらも、不機嫌を隠そうとしないアルギルの前に立った。


「…不本意だけど、謝れとは言わないでやるよ」


 年上らしく居丈高いたけだかになってアルギルを見れば、アルギルもまたジョナサンを睨み返した。


「…その程度ですんで、よかったと思え」


「まぁね。そこそこ痛いんだけど?」


「ロゼに何かあれば、この程度ですむと思うな」

 

「…はいはい。死ぬ気で探すさ。何か問題があって数日遅れているだけなら、まあ…リンクスに納得いく説明を聞かないといけないしね」


「納得いく説明なんて、あるわけない」


 もともと二人の関係は、王子と部隊長という前に、信頼できる友人だ。年はジョナサンの方がずっと上だが、その分アルギルは誰よりもジョナサンを信頼している。

 そして、唯一アルギルが気を許して酒を交わせる男がジョナサンだろう。


 しかし、ロゼリアのことになれば話は別なのだ。


「なぜ、もっと早く知らせが来なかったんだ? 麓街の男爵家は本当に信用できるのか?」


「そこは俺が保証するよ?」


「…それなら、これから毎日、城に連絡を寄越すよう伝えろ」 


「変化がなくても?」


「そうだ!」


「はいはい」


 男爵家としても、なぜ予定していた日に到着しないのかわからず、かなり心配していたのだ。しかし、今のアルギルには、何を言っても無駄だろう。


 ジョナサンは、苦笑いしながらマウカザス山の麓街までの道筋を頭でたどる。床に散らばった地図がテーブルに戻されると、今度は地図上で確認した。


「城都の城壁を…西に向かって行ったのは間違いない」


「…ああ。そこまではハクが見送っている」


 ハクとは、アルギルの大鷲である。ジョナサンも頷いた。


「じゃあ、間違いないね。警備隊もリンクス達が西に向かうのを見ているし…そこからこの野道を行くと、可能性としてはここかな」


 トントン…と、指で地図の上を叩く。 


「ここで…西に行かず、こっちのポックス村に行ったと考えても…いいかもしれない」


「ポックス村? レンガ職人の村だな。なんのために?」 


「ポックス村は、リンクスの生まれ故郷だ。実は二日前、ポックス村から火柱が上がっている。ちょうど新月の祭りだったからね。連絡を受けた時はあまり気にしなかった」


「…確認は?」


「もちろんしたさ。でも、村の自警団からは祭りの火だと連絡をもらっている。ここ何年かでは見たこともないような火柱だったようで、かなり祭りは盛り上がったそうだけど?」


 リンクスの生まれ故郷。

 新月の火祭り。

 大きな火柱。


 ロゼリアの性格からして…ポックス村の火祭りにいた可能性は、十分考えられる。確かめる方法は 1つしかない。


「…行って確認する!」


「あっ、待てって! おまえは駄目だと言っただろう!?」


 まるで子供のようにジョナサンに服を引っ張られると、アルギルは不機嫌を隠さずテーブルを叩いた。


 同時に再びグラスが倒れて地図を濡らす。こぼれた水が、ポタリ…ポタリ…とテーブルの隅から流れ落ちて、小さな水たまりを作っていた。


「……地図が破ける。テーブルを叩くな」


 ジョナサンは、静かにさとした。先程の繰り返しになることを避けたい。

 だが、アルギルは王子で、今やルーゼルの国王だ。止めることができるのは、自分だけ…。ジョナサンも引くわけにはいかないのである。


 凍りつくようなアルギルの睨みを平然とはねつけ、第一部隊の部下二人を呼び寄せる。二人にポックス村行きを命じ、続けて他の二人にはリンクスが予定していた麓の街までの道筋を辿るよう命じた。


 もし、アザマの残兵か誰かにリンクス達が襲われていたのなら、何かしらの痕跡…血の後や、死体が転がっているはずだ。考えたくはないが、それがリンクスやロゼリア姫でないことを、今は願うしかない。




次回『彼女も俺を選ぶなら…』です。

よろしくお願いします!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る