第56話 襲撃!崖の上での死闘

 それは…枯れ葉で埋まった林を抜けようとしていた時だった。


 突如、馬の蹄がしたかと思うと騎馬隊の集団が襲いかかってきたのだ。騎馬の中、あきらかに馬ではない大きな角を持つ動物が一頭いる。


「エルク!?」


 リンクスが叫んだ!


「逃げろ! アザマの残兵だ!!」


 反射的に手綱を引いて、敵とは反対の方向に馬を走らせる。剣を抜いたロゼリアだったが、飛ぶように走る愛馬に前のめりになって手綱を握り、振り落とされないようにするのに必死だ。


 だが、あっという間に二十人近い騎馬隊に囲まれ、右に左にと手綱を引くも、徐々に高台に追い詰められていた。


「この先は崖だ!」


 風が、あきらかにかわった。馬も危険を察知して前足を跳ね上げる。

 後ろを振り返ると、すぐ側まで追いついてきたアザマ兵の剣が、リンクスめがけて振り下ろされていた。


「リンクス!!」


 不安定の体勢からもリンクスがサーベルを抜く。しかし、刃をぶつけた勢いで馬から滑り落ち、地面を転がりながら剥き出しの岩に身体を打ち付けてしまった。


「リンクスー!」


 ガン! ガン! ガン!!


 次々と襲いかかるアザマの剣に、すぐに立ち上がったリンクスでも、受けるだけで精一杯。

 上段から振り下ろされる刃を避け、枯れ葉に足を取られながらも素早く馬の間を走り抜ける。しかし少しの距離を稼いでも、馬の足はすぐにリンクスの背中に迫るのだ。


 なぜ、こんな所にアザマの残兵が…。

 

 それさえ考える余裕もない。なんとかリンクスを助けたいロゼリアは、愛馬を寄せて必死に腕を伸ばした。


「リンクス! 乗って!!」


「ばか! 俺の事はいいから逃げろ!!」


「そんなこと、できるわけが…ないでしょう!?」


 ガキッーン!!


 大きな影がロゼリアを覆ったかと思うと、エルクに乗った男の重たい剣が勢い良く振り下ろされた。

 考えるより身体が勝手に動いたのは、日々の鍛錬のおかげだっただろう。


 だが、剣で受けたはいいが…、力が強く押し戻せない! 体勢も悪く、受け流すことさえもできないのだ。さらに強く押さえられ、リンクスと同じように、ロゼリアも肩から地面へと落馬してしまう。


「っ!!」


 エルク騎士は、ロゼリアに狙いを定めたのか…。何度も、何度も、ロゼリアを殺そうと剣を振る。ロゼリアは、地に足がついたおかげで、その度に受け流しては次の一撃を避けて時間を稼いでいた。


 シャルネは!? リンクスは!?


 肩に激痛が走る。だが、痛みを気にしている余裕などなかった。

 鼻先が触れるほどの距離で刃と刃がぶつかり、腕全体の力で弾くが指先が痺れていつまでもつかわからない。


 馬の足も凶器だ。だが、それ以上に横殴りされるエルクの大きな角は、当たれば吹き飛ばされるとわかる。迫れば地面に突っ伏して避けるしかない。


 枯れ葉の上というのは、かえってロゼリアの俊敏さを奪っていた。滑る足、戦闘で舞い上がる落ち葉。さらに崖の上で風も強い。

 ロゼリアにいつものキレがなく、ほんの一瞬、足を滑らせたロゼリアの腕がぐっ…と、強く引っ張られた。


「っぅぅ!」


 肩に走る激痛。エルクに乗った男が、ロゼリアの身体を持ち上げたのだ。


 間近で見たエルク騎士の顔は…見覚えはない。

 だが、背筋が凍りつくような青い瞳と刻まれる顔の傷に、長い年月を騎士として生きてきたとわかる。

 知性と武術、ロゼリアのような小娘がかなう相手ではないように思えた。


 だが、あきらめない!


 フゥー、フゥーと、エルクの吐く白い息が余計にロゼリアの恐怖を煽る。


 男の動きが…ことさらゆっくりと見えたのはなぜだったのだろう。

 男は、ロゼリアの腕を引き上げながら、反対の手に握った剣をロゼリアの首筋にあてた。そして低く唸るように言ったのである。 


「…エルトサラの生き残りか?」


 一瞬、ほんの一瞬、首筋に触れた刃にロゼリアは死を覚悟した。しかし…。


「ひめぇぇー!!」


 シャルネがものすごい勢いで突進してきたのだ。


 なんという豪剣だろう。目の前にいた数人を一撃で横に薙ぎ払うと、たじろぐ敵の隙間をぬい、ロゼリアとエルク騎士の間に豪剣を届かせたのだ。


「やぁぁーーー!」


 男がエルクの手綱を引く。ロゼリアは腕が解放された瞬間に飛び退いた。その隙に馬からひらりと飛び降りたシャルネが、飛び上がり豪剣を横に薙ぎ払う。エルクの一メートル以上ある角が二本とも吹っ飛んだ。


 仰け反った男に猶予を与えてやるほど、シャルネの豪剣は優しくはない。手綱を握った男の右手めがけて手首を翻した。


 男の腕がふき飛ぶと思われた…寸前、男もエルクから飛び降り、大きく後ろに退く。よく鍛えられた動き。慎重に地面を踏んだ男は、見定めるように青い目でロゼリアを見たのだ。


「…ひめ?」


 ロゼリアは青い目を睨み返す。シャルネがロゼリアを隠すよう立ち、リンクスも目の前にいたアザマの兵を横殴りに斬りつけ、ロゼリアの後ろに駆け寄りサーベルを構えた。


「…エルトサラの王女か?」


 ロゼリアは答えない。だが、否定もしなかった。


 すぐそこは崖だ。目の前にはアザマの兵。退路を断たれ、戦って突破する以外なく、シャルネもリンクスもロゼリアを逃がすために命がけでいることくらい、痛いほど伝わってくるのだ。


 エルクに乗っていた男は、熟練の騎士だった。剣の腕もロゼリアと比べたら蓄積量に違いがありすぎる。


 …どうする? 


 男はロゼリアがエルトサラの王女であることに、猜疑心を抱くもさっきまでの殺意が薄れていた。


 それなら…私が人質になることで、リンクスとシャルネを逃がすことができるかもしれない。


 甘い考えだとはわかっていた。だが、今をどう脱するかの方が先だ。

 何をすべきかより、自分に何ができるのか…。


 私に利用価値があるのなら、すぐに殺されはしないはず。たぶん…。


「私は…エルトサラの王女、ロゼリアです」


 戦闘で薄汚れたローブ。金色の髪は乱れ、手も足も土まみれ。

 しかし、落ち着きを取り戻したロゼリアは、国の王女にふさわしい輝きを放っていたのだった。


 

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