第55話 ポックス村の火祭り

 レンガの城壁に囲まれたポックス村には、しっかりとした自警団が備わっており、コリンという団長がロゼリア達を村の中央まで案内してくれた。

 実は、コリンとリンクスは一緒に村を出て騎士を目指した仲間なのだそうだ。


「よう、リンクス。お貴族様の案内役か? 第一部隊の騎士は雑用も多くて大変だなぁ」


「おまえだって似たようなもんだろ? 親父さんの窯を継ぐために村に帰ったのに、自警団の団長までやってるんだからさ」 


「俺はもう、騎士じゃあねぇもん」


 コリンの父親が病死したため、母親が騎士団の宿舎に泣きながら駆け込んできて「息子を返して!」と願ったのだという。


「ま、俺はこれでよかったと思ってるよ。 あのまま騎士を目指していても、おまえみたいに 第一部隊に所属できるとは思えんしな」


 少しだけ懐かしい日を思い出して笑ったコリンは、肩を揺らすと村の中を指差す。


「今夜は新月だ。祭りに参加するなら早めに言ってくれればなんとかするぜ?」


「ああ、そうか。今日は新月なんだな」


「え? お祭りがあるのですか?」


 気のりがしないリンクスの代わりに、ロゼリアが、ひょこっと顔を出した。


「ああ。火祭りだな」


 リンクスが嫌そうな顔でロゼリアの頭にフードを被せる。コリンは異国の髪をしたロゼリアに驚いたようだ。そして行儀悪く口笛を吹くと、ロゼリアの顔を覗き込むようにして近づく。


「ヒュー。ずいぶんときれいな貴族様だなぁ。あんたも参加するかい?」 


「おい、コリン。やめとけよ。見た目で判断すると怪我するぞ」


「はあ?」


 すぐさまリンクスがロゼリアとコリンの間に身体をすべり込ませる。


「俺は経験済みだぜ? なんせ出会った初日に、俺はこいつに医療室送りにされたんだからな」  


「へ〜。おもしろいじゃねぇか」


 リンクスの忠告はかえってコリンの興味を煽ったらしい。


「もういいだろう? 行くぜ。祭りには参加するつもりはねぇよ」


 そう言うと、リンクスはロゼリアを促して歩き出した。


 村はリンクスから聞いていた通り、あちこちに立派な登り窯があり、白いけむりを空に吐いていた。


 独自の白い壁に、円錐形のとんがり屋根はリュディアの民家と変わらない。だが、屋根に乗ったカラフルなレンガは城都のものより遥かに色が濃く、鮮やかな色合いをしていた。上質な粘土と、独自の技法が受け継がれているのだろう。


 あっという間に日が落ちて、空は真っ暗だった。それなのに白い漆喰の壁に、ふんわりとした灯火が浮かぶ。ランタンだ。各家々の戸口に一つ、必ずかけられたランタンは、暗闇の中で村全体を空に浮かばせているような壮麗そうれいさを持っていた。


「毎晩、ランタンを灯すのですか?」


「いや、新月の夜だけさ。今夜はちょうど新月だろ? 村中の窯が冬支度に入る。その前の最後の新月だったんだな、今日が。すっかり忘れてたぜ」


「お祭りがあるって言ってましたね?」


「ああ、火祭りな」

  

 レンガ職人達にとって火は不可欠。毎日扱う火の神に感謝し、称え、村と家族の繁栄を願う祭りなのだそうだ。


「まあ、こんな日でちょうど良かったよ。親父は俺にかまうどころじゃないはずだからな」


 しかし、六年も顔を見せなかった薄情な息子に、リンクスの両親は驚いただけで歓迎したのである。

 ちょうど祭りで用意されていた料理を並べられ、ロゼリアもシャルネも家族のようなもてなしをされ戸惑った。だが、気さくで明るいリンクスの両親に自然と気持ちがほぐれ、料理とリンクスの昔話にいつの間にか時間を忘れるほど笑ったのだ。


 特に、酒が入ったリンクスの父親は陽気だった。

 「おかえり」とは言わない親だが「ただいま」と言わないリンクスも似た者同士。息子が帰ってきてくれて、嬉しくないはずはない。酒を煽るペースが早くても、何も言わない母親も同じだろう。


「儂らレンガ職人には、誇りがある! それが息子に伝わらなかったのは、儂がまだまだ未熟だったってことだ。今夜こそ儂は祭りで火矢を命中させるぞ! おまえに儂の誇りを見せてやるからな!」


「…酔っぱらいに言われても、なんだかなぁ」

 

 リンクスの母親も笑っているだけだが、一人息子に出て行かれた悲壮感はない。


「そりゃあ…出て行ったばっかりの頃は寂しかったわよ。でもこの子、センスがなかったから、きっと村にいてもダメね。職人にはなれなかったと思うのよ。主人みたいに器用でもないし、私みたいに要領もよくないしねぇ」


「なんだよ。それ」


「わははは。 いいじゃない! 今は立派な騎士なんでしょ?」


「ちぇー」


 リンクスは、両親に愛されていた。それが分かっただけでこの村に来た甲斐があったのだと思う。


「ねぇ、リンクス。火祭りって、何をするの?」


「まあ、大半は飲んで食うだけ。組んだ薪に火をつけて、燃えてる炎を囲んで…あとは好きなヤツと踊ったりするくらいかな」


「火矢っていうのは?」


「んーそうだなぁ。早い話が度胸試しさ」


 三つの試練を乗り越えてこそ、ポックスの硬いレンガが作れる職人だと認められる度胸試し。


 まずは一つ目。燃え盛る火の輪をくぐり、勇気を示す。

 二つ目。村の北にある真っ暗の洞窟を松明だけで通りぬけ、身を清めよ。

 三つ目。火矢を命中させ、己の愛の大きさを示せ。


「まあ、この三つ目がなかなか難しくてさ。矢の的が高くて遠いだけでなく、めちゃくちゃ小さいんだよな」


「へぇ」


「…その顔は、ちょっとやってみたい…だろ?」


 参加しても良いものかとシャルネの顔を見ると、許可を取ろうとしていたロゼリアよりもっとうずうずしているシャルネがいた。


 二人の素性を根掘り葉掘り聞かないリンクスの母親が、ロゼリアとシャルネの背中を叩く。


 バシ!バシ!!


「さあさあ、せっかくのお祭りなんだから見てるだけじゃつまらないでしょ! どうせなら参加しなきゃ!」


 そう言って参加させられ、ロゼリアとシャルネが見事火矢を藁のど真ん中を射たときは、どよめきが湧いたのだった。


 二人が火矢でつけた藁は勢いよく燃え上り、ここ数年で一番の火柱が上がったという。


 そうして朝には、リンクスの両親に別れの抱擁をしてポックス村を後にしたのだ。しかし、たいして歩かないうちに、突如ロゼリア達は襲われたのである。


 

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