第51話 リンクスの提案は?
「これはあくまで提案なのですが、あなたに…エアロの城に忍び込んでもらえないでしょうか?」
「え?」
「あ、その前にリンクスを殴る許可が王子からでていますので、さあ、どうぞ?」
さあ、どうぞ…と、リンクスを突き出されても困る。なぜ殴って良いかは思い当たるが、今この場でリンクスに怒っても、恥ずかしい思いをするのはロゼリアなのだ。
「えっと、とりあえず、その件はあとでっ」
それよりも、説明してもらいたい。
「それで、私にエアロ城に忍び込んで欲しいとは、どういうことでしょうか?」
「エアロ城にあなたを…と提案したのはリンクスですよ。アルギル王子の
ゴン…バサ!!
飛んできた分厚い書物が頭に命中したジョナサンが「痛いですよ」と、恨めしそうにアルギルを見た。
「…さっさと話せ!」
「はいはい。では、まず…」
避けようと思えば避けることができたはずだ。しかし、あえて避けなかったのはロゼリアの緊張を和ませるためだったのだろう。実際、砕けたジョナサンの表情は、ロゼリアを冷静にさせていた。
「エルトサラを裏切ったのは、先走った一部の暴走ではないのかと、俺達は考えているんです。部隊のほんの一部の騎士です。だからといって、彼等のせいでエルトサラの民や騎士達の退路が塞がれたのなら、許すわけにはいきません」
「ええ。…なぜ、裏切りは一部、隊の暴走だと思われるのですか?」
ロゼリアの声は、ルーゼルで使い分けていた平坦な低音ではない。それだけ彼等の信頼は、ロゼリアに届いているのだ。
「…実は、エアロの国王から援軍を派遣すると言って来ているのです」
「軍を貸し出し、アザマとの戦を援護するということでしょうか?」
「そうです。もちろんエルトサラを裏切ったエアロは、信用できません。ですが、なぜエルトサラを裏切ったエアロが、我が国に協力すると言ってくるのかも不明なんです」
「そうですね」
一言一言、頷きながらロゼリアも考える。ジョナサンも「ここまでは、いいですか?」と、ロゼリアの表情を確認しながら話ていた。
「そこでリンクスの提案です。あなたなら、エアロの国王から真意を聞き出せれるかもしれない…と。理由は…」
「エアロの国王がお母様の兄君だから…」
ジョナサンがため息まじりに頷く。そして「それとあなたが…」と、続けようとした言葉も、再びロゼリアによって遮られたのだ。
「私が、お母様によく似ているせいですね?」
「…ええ、そうです。あなたの母上はあなたと同じ金色の髪。実際はもう少し深い橙色ですが…」
打てば響くようなロゼリアの受け答えに、感心する。それは、その場で聞いていたリンクスやアルギルも同じだった。
この娘は、城の中で着飾った人形でいる王女ではない…。
ならば、どう活かす? どう守る?
考えることに集中しているロゼリアは、男達の感銘に気づいていない。
「身内なら、本当のことを話してくれると思うのですか?」
だが戦時では、身内でも信用などできない。事実、コーネル国王の死は身内によるものだ。
「もちろん危険でないとは言いきれません。エアロには間違いなく、敵も潜みます。ですが…もし、エアロが南から我が国に攻め込んで来るようなことがあれば…」
「アザマの軍と、エアロの軍にはさまれたルーゼルは、勝ち目はない…」
「そうです。我が国は全滅するでしょう…」
誰もが焼け野原になったルーゼルを思い浮かべた。大地に折り重なる死体。あちこちから煙が登る崩れた民家…。生き残ったルーゼルの民が山に身を隠したとしても、深い積雪と寒さで自然の猛威は牙を剥く。
なんと…庇護欲を掻き立てる顔をするのだろう。
ジョナサンは悲しみに顔を歪めたロゼリアに驚いていた。賢く、勇敢で、剣技も立つ。王女という立場にあぐらをかくこともなく、とことん人のために動くお人好しなロゼリア。
そんな彼女だからこそ、自分達の国の運命を預けてみたいと思ったのだ。
真っ暗だった格子窓から、遠く連なる山々の風景が見えていた。夜が明け初めているのだろう。
「…姫。この国の冬は、戦に向いていません。雪解けまでは戦が仕掛けられることはないと思います。だからこそ…」
だからこそ、それまでにエアロの真意を知っておきたいのだ。
時間の猶予はない…。それは、ジョナサンも、アルギルも、ロゼリアも感じている。
エアロからは、視察団を受け入れるとあった。だが、夜盗や残兵に待ち伏せされる恐れがある。国をあげての視察団は組めない。
「あなたが行くとなっても、人が通らないような山道を使っていただくことになるでしょう。それはとても険しい道です。それでも、無事エアロの城に辿り着いて王に会うことができたなら、我が国の書簡をあなたから国王に渡してもらえないでしょうか?」
自分の言動に対してきちんと考えているジョナサンは、やはり部隊長なのだと思う。ロゼリアにはない、大人の慈しみある話方だった。
「…アザマの残兵や、エアロの裏切り者に会わず、こっそりとエアロの城に忍び込んで国王に会って来いと…言うのですね?」
「…そうです。無茶なお願いです。もちろん断って下さっても良いのです」
「…なぜ、エアロの国王を裏切り者の主犯と思わないのですか?」
「そこは俺のカンでして…」と、真剣な顔でロゼリアを見ていたジョナサンが、ふっと眉を下げて肩の力を抜いた。
「断っても良い」とは言うものの、アルギルをエアロに行かせるわけにもいかず、自分が国を離れるわけにもいかない。他の誰かが行っても、エアロ国王の心が動くとは思えない。そうなると…間違いなく、ロゼリアが適任なのだ。
「エアロは、エルトサラの王子がルーゼルにいることを知っている。あなたを助けたいのか、殺したいのかは…それはわかりません。とにかく、そのあなたが王と会われることで、何が真実なのかを確かめたい」
「…ほかには?」
「ほかには…そうですね。俺としては、滅ぼされたはずのエルトサラの王子が生きていると知った周辺国が我が国と立ち上がり、結束してアザマをたたくことができれば理想なのです」
「…戦う目的の象徴ですね?」
「そうです」
「それが…生き残った王子でなくても?」
「ええ。俺としては、正直、王子であろうと王女であろうと、象徴となりうる人物でしたらどちらでもかまいません。あえて選ぶというなら、悲劇の中、立ち上がったのが王女でしたら、結束力は強いように思うのです。…怒りましたか?」
怒る?
少し考えてみたロゼリアだったが、国のために戦おうとしている騎士に、怒る気持ちなどあるわけがない。それに、話を聞いた時から答えは出ていたのだ。
「やりましょう!」
ロゼリアは、リンクスやアルギルが思っていた通りの答えを導く。それがどれほど困難であっても、アルギルやルーゼルの民のためになると信じて疑わなかった。
* * * * *
ロゼリアにとって、危険な新たな旅が始まります!
次回 第52話『わからないままにしておけ』
どうぞよろしくお願いします。
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