第50話 リゲル薬草師長

 ルーゼル城でおきた悪しき陰謀は、コーネル国王の死という最悪の結果をもたらした夜だった。罠にはまったジョナサンとリンクスは、地下牢につれていかれる寸前、その場をおさめたアルギルと第一部隊によって、二人は投獄されることも、処刑されることもなく助かったのである。


 実はロゼリアも、二人をつれて城から逃亡する覚悟でいた。しかし、剣を抜く直前でそれも実行されずにすんだのだ。最悪の結果をもたらした陰謀の中でも、明日への希望と光の道筋は続いたのだ。


 その夜、作戦会議をしていたジョナサン達は、朝方まで論争していた。それはジョナサンがリンクスの提案に無謀な非を非として指摘している時だった。


 バン!!

 

「……おまえ達っ、さっきからなんの話をしているんだ!?」


 アルギルが目の前の机を叩いたせいで、広げてあった大きな地図が、机から伝わる振動に共鳴して未だにビリビリとふるえている。


「だからさぁ、ちょっとエアロの国王に会ってみたらどうかなぁって、部隊長に言ったんですよぉ」

 

 青筋を立てて怒るアルギルに、リンクスは引きつった顔をなんとか誤魔化しながら自分の提案を話したのだ。


「エアロの王? なぜ、彼女を行かせる?」


「えー、だってそりゃあ、あいつが一番適任だから」


 理由は色々あるが、アルギルが縦に首を振るわけがない。だからジョナサンは最初からアルギルに聞かせるつもりなどなかったのである。

 どんなに論争を続けようと、アルギルが納得するわけもなく、結局最後はロゼリアの意見を尊重しようと話をまとめた…いや、アルギルを丸め込んだジョナサンが、目覚めたロゼリアに話をすることになったのだ。




「えっ。わぁぁ―――」


 その日の朝…、夜が明けきる前に目覚めたロゼリアは手当てされた自分の胸を見て思わず声にならない叫び声をあげていた。

 おまけに随分とゆったりした服を着せられている。

 反射的に服の合わせを握りこんだのは、ベッド脇に座っていた薬草師長を見たからだ。口をぱくぱく動かし、彼と同じようにロゼリアを覗き込んでいたシャルネに説明を求める。


 しかし薬草師長は束ねていた長い髪を解くと、穏やかに笑った。


「…大丈夫ですよ。自分があなたの手当をしました。服を着せたのは彼女です。胸の傷は痛みませんか?」


「あ、はい。ありがとう…ございます」


 いくら、薬草師長とはいえ相手は男性だ。羞恥が先にくるのは仕方がない。


「さっき下の部屋でお会いした時はご挨拶ができませんでしたね。リゲルです。自分はルーゼルの薬草師長を務めます」


「…エルトサラのロゼリアです。リゲル薬草師長さま」 


 身体を見られていて、今更ウソを言っても、仕方がないのだ。


 この時代、王家や大貴族は、医療担当者を自分達の屋敷で召抱えている。ましてやルーゼルは戦の真っ只中。城では医療班が組まれており、戦争で傷ついた騎士は砦や城の医療班に診てもらうのが普通なのだ。


 だからロゼリアも、城にいた薬草師長自ら手当することができたのだが、一般の庶民や小貴族層が怪我や病気にかかっても、修道院で手当てしてもらうしかない。 


 その点ロゼリアの国、エルトサラは誰であろうとしっかりとした医療を受けることができていた。これはエルトサラが貴重な薬草の群生地であったため、薬草が手に入りやすいということと、国民に慕われていたシリウスエヴァー王家が民あっての王家だという考えだったからだろう。


 リゲル薬草師長もエルトサラは理想の国だったという。父親と同じぐらいの年齢だろうか…。培った経験や知識が、彼から滲み出ていた。

 

「ギンガどのが、ずいぶんあなたに興味を持たれているようでしたよ。彼はあの通り気難しい年寄りでして…。あなたのような若い方を弟子に欲しいなんて言うのは珍しいのです」


「そう…なのですか?」


「ええ。彼に育てられた私が言うのですから信じて大丈夫ですよ」


 リゲルは捨て子だったそうだ。たまたまギンガに拾われたことで、自分も人を助けることができる薬草の知識を身につけたのだと言う。


「医療班としては、しばらくは、胸を押さえつけるのは禁じたいのですが…」


「えっと、それはその…」


 うろたえたロゼリアに「あくまでお願いですよ」と、全て理解しているように微笑む。


「とにかく、しばらくはこの薬を塗って下さいね」


「…はい」


 患者を見る目は、ギンガもリゲルも同じだ。おそらくルーゼルの一般庶民が手にできないであろう薬が入った小瓶を渡され、ロゼリアは申し訳無い思いにかられながら大事に受け取る。


 するとトントン…と、控え目に扉がノックされた。話が終わるのを待っていたかのようなタイミングの良さだ。


 入室の許可をとったのはアルギルだ。自分の部屋にノックするとは何とも不思議な感じがするが、それだけロゼリアを気遣ってくれているのだろう。


 ロゼリアを見たアルギルの顔がほっとしているのを感じると、気恥ずかしさでロゼリアの顔も赤くなる。

 慌ててローブで身体をすっぽりと覆い、ベットの上で姿勢を正した。  

 

 アルギルの後ろにジョナサン、リンクスと続いて部屋に入ってくるので、何か報告があるのだと思ったのだ。


「…どうだ?」

「……大丈夫…あと…」


 アルギルが薬草師長と話をしていたが、声が小さく聞こえない。 


 まさか、私の胸のこと?


 そう思えば気になるのは、しかたがない。しかし、気もそぞろのロゼリアに向かって、なんでもないことのようにジョナサンは提案したのである。


「これはあくまで提案なのですが、あなたに…エアロの城に忍び込んでもらえないでしょうか?」


「え?」



 *  *  *  *  *

お話を追いかけてくださる方々 本当にありがとうございます!

次回 第51話『リンクスの提案は?』

どうぞよろしくお願いします。

  

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