第48話 新たな戦の足音

「アルギル第一王子 …」


「あー侯爵夫人。彼はアルギル国王陛下ですよ」


「なっ! 誰がそんなことを許したと言うのです!?」


「許すも何も、彼は第一王子ですので王位継承は彼にあります」


 したり顔で答えたジョナサンが、ふっと笑って一歩下がる。前に出たアルギルは、明らかに疑念を含んだ目で侯爵夫人を見た。


「…ミシェルの面会だけなら入城を許可しましょう。だが、ドラグに会うことも、ドラグの処刑も、一切認めない。今後父上の死も、軽々しく口になさらないように」


「軽々しくですって!? もう国王のおつもり? わたくしは、亡くなった王の姉ですわ!」


 侯爵夫人という身分も、国王の姉という肩書も、彼女を驕傲な態度にさせている。だがそれでは民は付いてこないのだと、なぜわからないのだろう。


「では、クロエ=。あなたには、屋敷でしばらく喪に服してもらうことにしましょう。期間は…一年で」


「ふ、ふざけないでちょうだいっ。なぜ、わたくしだけが喪に服すのです!?」


 金切り声をあげる侯爵夫人に、思わず耳を塞ごうとして耐えたジョナサンは、寝不足を理由に目頭を押さえた。それくらいは、許されるだろう。


「…よろしいですか、侯爵夫人。本来、国中で喪に服すべきでしょうが、我々は今、戦中いくさちゅうなのです。国王をしのぶべき誰かが、一定期間、行動を慎まないことには亡き国王に顔向けできません」


「民に知らせていませんのでしょ? それなのにわたくしには、屋敷から出るなと言うの? ばかばかしくて、話にもなりませんわ!」


「そうですねぇ…」


 さも困ったとばかりのジョナサンは、両腕を組む。

 

「では、せめて半年に致しましょう。その間、屋敷の警護には部下が務めますのでご安心を」


 この場合、警護と言う名の見張りだ。しかし夫を抱きこみ、権力と地位に固執した女が、その程度の圧力で引くわけがない。


「…若輩者に、なにができるとおっしゃるのかしら? 我が国は実りが少なく他国から下に見られがちなのです。わたくしの政治力があったからこそ、この国は長く繁栄を続けてこれたのですわ」


 政治手腕とは程遠い。単に頻繁にパーティを開いては周辺国の有力者に媚びていただけだ。必要とあれば娘の身体を差し出し、ワインをたらふく飲ませて、その年の収穫分を約束させる。そんなもの国益になりもしない。そう考えれば、ミシェルがあのような悪女に育つのもしかたのないように思えた。


「お聞きしたいことができましたら、こちらからお伺いしますよ」


 部隊長らしくジョナサンが続ける。極めて威圧的な態度をとったつもりだった。しかしクロエは真っ赤な唇をつり上げ、笑ったのである。


「では、エルトサラの王子にご挨拶をさせていただけないかしら? 王子の近衛隊と一緒に戦に参戦したと聞きましたわ」 


 スッ…と、アルギルが氷のような目つきで目を眇めた。

 クロエにしてみたら、国を滅ぼされた王子では魅力がない。だが、エルトサラは別なのだ。

 広く知れ渡っている緑豊かな大地。貴重な薬草が群生する森。今は焼け野原かもしれないが、生き残った悲劇の王子を支える献身的な妻と義理の母という立場は使える。


「悲しみに暮れていた王子が、ミシェルを助けたと聞きましたのよ。それほど、娘を思って下さっていますのね。宴で見初めた娘を、王子がダンスに誘ったとか…。今はお国の悲劇でお辛いでしょうが、ミシェルの母として、ぜひご挨拶させてもらいたいのよ」


 自分の値打ちを疑わない女は、なんと傲慢なのだろう。 


「似合いの二人だったのでしょう?」


 そう言って、真っ赤な唇を釣り上げて笑うクロエは、何もかも自分の思い通りに事が進むと考えているのだ。うぬぼれもはなはだしい。


 クロエの自尊心を満たしてやるほどお人好しにはなれないジョナサンは、けっして好ましいとは言えない態度で頭をかいたのだ。


「それがですねぇ。エルトサラの王子でしたら、彼の部下と一緒に朝早くこの城を出て行かれてしまったのですよねぇ」


「なんですって!?」


 のんびりとした話方は、余計にクロエを驚愕させた。


「まあ、周辺国へ参戦要請なんですがねぇ。戦の正当性は絶対ですが、まさかエルトサラの王子自ら我が国の書簡を手に出発されるとは思わず、我々も正直驚いたのですよ」


「なんて愚かなことをするのっ。他国の王子にそんな大事な書簡を預けるとは! 向かったのは、どの国です!?」


「さぁ。一切教えてくれなかったんですよねぇ。どの道を使うのかもね。今ごろどの辺りを行かれているやら」


 もちろん、これはウソである。だが、クロエの慌てようは、エルトサラの王子を後ろ盾にアルギルの権力と対抗しようとしていた思惑を削がれたことを意味するのだ。


「軽率だわ。エルトサラの王子が我が国を裏切るとは思いませんでしたの?」


 あなたのようにですか? と出かかった言葉を飲み込む。アルギルが黙っているので、ジョナサンが話すしかない。


「アザマに滅ぼされたエルトサラの王子が、我が国を裏切るとは、とても思えません。エルトサラの王子は…国王陛下から絶大な信頼を受けておりますので?」


 アルギルが渋い顔でジョナサンを睨んだ。しかしジョナサンも面倒なクロエとの会話を押し付けているアルギルに少しの仕返しがしたかっただけ。

 リュディアの谷で、エルトサラの王子がアルギルを助けたというのは、城都の民にも広く知れ渡った周知の事実。暗い戦時に、英雄談は民に希望の光をもたらすものなのだ。


「これから大きな戦が始まります。リュディアの戦いなどとは、比べ物にならないくらい大きな戦になるでしょう。 アザマ相手に、あの人ほど旗印になれるものはいません」

 

 そうなのだ。これはリンクスの提案とはべつ。ジョナサンはロゼリアをこの戦の象徴的な旗印にあげ、他国との結束を強く結びたいと考えていたのである。



 そうしてその頃…シャルネとリンクス、たった三人でルーゼル城を出たロゼリアは、すでに城郭都市を抜け、東に向かって馬を進めていた。


 だが、本来、三日ほどで西の麓街に辿り着くと考えていたアルギルが、領地を治めている男爵家から『行き先不明』の手紙を受け取ったのは、ロゼリアがルーゼルの城を出て七日も経っていた。

 ロゼリア達は、姿を消してしまったのだ。


 最後に見たロゼリアは、まるで全てが吹っ切れたように笑っていたのである。


 それは、夜の白白明しらじらあけ、赤土が舞い上がる強風の中だった。

 




 *  *  *  *  *

高峠たかとう からお知らせです。

お話を追いかけて下さる方々、本当にありがとうございます!

第二章がここで終了しました!

次回から第三章に入ります。

こんなに頑張ってこれたのは、今ここを読んでくださる皆様方のおかげです。


次回 第49話『小雪が舞い始めたぞ』を更新します。

どうぞよろしくお願いします!



 

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