第47話 クロエ=ヴァンカルチアは朝からご機嫌麗しく

「なあ、ちょっと提案なんだけど…」


 ジョナサンが「黙ってろっ」と目で訴える。だが、リンクスにそんなやわな静止が伝わるわけがない。


「だからさぁ、部隊長ー。さっき俺が言った案は? もしかしたらさぁ、なにか掴めるかもしれないんじゃねぇ?」


「却下だ!」


「なんで?」


 自分の案に自信満々のリンクスにとっては、納得できず服従しがたい。


「でっかい戦が始まる前に、話がまとまれば戦いで命を落とす人間を減らせるんだぜ?」


「そうだがっ。エルトサラの王子を危険にさらすのは、俺達の恩を仇で返すようなものだ。あの人がミシェル嬢を助けていなかったら、リンクスだって、俺と一緒に処刑されていたかもしれないんだぞ?」


「それぐらい、俺だってわかってるよっ。助けてもらった恩は、命をかけて守ると約束する!」


「おまえのほうが弱いのに?」


 ジョナサンが威圧的に顎をあげる。

 取るか、取られるかの戦で、一人の人間が命をかけて守っても、何かが変わるわけではないのだ。ほんの少し、誰かが悲しんでくれればまだ良い。しかし大半が大勢の屍を前にして哀れむだけが現実なのだ。


 だが、リンクスが反応したのは『おまえのほうが弱い』という部分らしい。


「違う! いや、まあ、そうかもしれんけど…。ようは命の危機に出会わなけりゃあ、いいんだろ? そんなことがおきないよう、上手くやる。もしものときは…、あいつが逃げる時間くらい俺が作る!」


「まったく! 頼もしい心意気だが、俺にはあの王女…いや、あのロキセルト王子が、おまえ一人おいて自分だけ逃げるような人とは、とうてい思えないね」


「うぅぅ…」


「考えてみろ。馬に跨がって、剣一つで敵陣に突っ込んで行くような王子だぞ?」


 バン!!

 

 いきなり響いたその音に、一瞬でジョナサンとリンクスの顔色が変わった。

 アルギルが目の前の机を叩いたのだ。広げてあった大きな地図が、机から伝わる振動に共鳴してビリビリとふるえる。


「……おまえ達、さっきからなんの話をしているんだ!?」


 ロゼリアを城から出すことは決めていた。だが、ジョナサンとリンクスが話している内容は、どうにもアルギルが思う作戦と繋がらないのだ。


 男達の論争は結局朝方まで続いたのである。だが何が最善であるか考えれば、リンクスの提案はけっして間違いではないのだった。


 そうして空が白ずみ、赤土を舞い上げていた風がほんの少しだけ弱まると、寒々としていたルーゼルにも朝の光があたりはじめた。


 ルーゼルの城と城郭都市は、戦の影など感じずいつもどうり。なにも変わらない日常が動き出す。石畳に連なる店先では、少しでも夜の帳を払うために扉を開き、暖かいとはいえない太陽の光を店に入れるのだ。


 そんな石畳の道を、一台の馬車がルーゼル城に向かっていた。車輪が小石をとばし、店先に並べた果物にあたる。店主が顔をしかめるも、手綱を握っている御者が侯爵家の使用人とわかれば、顔を背けるしかない。


 城門を守っていた衛兵達も、降りてきた侯爵夫人に蹴飛ばされる勢いで相手などできるわけはなかった。


 アルギルやリンクスが予測していた通り、ミシェルの母親である侯爵夫人が早朝のルーゼル城に乗り込んできたのである。


「私の娘は、どこにいますの!」


「これはこれは、ヴァンカルチア公爵夫人。 朝早くからずいぶんと、ご機嫌麗しく…」


 頭を下げたジョナサンに、侯爵夫人がキッ…と睨みつける。


「わたくしの…どこを見れば機嫌がよろしく見えると言うのです!? おまえは…軍の部隊長、ジョナサンですわね? 切れ者と噂されているらしいけど、おまえの目は節穴ですの!?」


「おや、それは大変失礼いたしました。なんせ俺は、辺境地や国境周辺のイザコザに駆り出されていることがほとんどでして。貴族のご婦人をお相手することには慣れておりません」


「わたくしは、貴族でなく王族ですのよ! なんて、けがらわしいっ。おまえが部隊長でなければ、わたくしがおまえと話をする必要などないのです!」


 気位の高い女だとはわかっていた。ミシェルの母親だけあり、豊満な胸とくびれた腰。突き出た尻は、何か入れてるのではないかと思ってしまうほどである。

 長い黒髪はずいぶんと朝早くから、侍女が丁寧にセットしたのだろう。きっちりと高い位置で巻かれているのだ。


 娘を心配して、早朝の城郭都市を馬車でかけてきたことは許せる。だが、戦時だというのに綺羅びやかな服を着込み、国のために戦う騎士を労いもしない。王族のものであるならなおさら、あまりに常識にかけていると言えるだろう。


 昨夜のうちに、ミシェルの容態と、判明している経緯については侯爵家に伝えられていた。城からの使いのものは、ミシェルを殺そうとした犯人を問い詰められたらしい。

 現状では、ドラグとジョナサンが疑われる者である。だが、クロエ=ヴァンカルチアはハンカチを取り出すと目を抑えながら芝居がかった声を出したのだ。


「…我が弟にして我がルーゼルの王。コーネルの死は耐え難い悲しみですわ。わたくしは、国に忠誠を誓った騎士の犯行とは思いたくない。おまえの罪ではないとわたくしと民に誓いなさい」


「…信じていただき、光栄でございます。俺は、王の死に関わっていません」


「ええ、ええ。わたくしは、おまえを信じましょう。その代わり、浅はかなドラグをすぐに処刑なさい!」


 公爵夫人の甲高い声が早朝のルーゼル城に響く。それと同時に、バサッ…と大きな翼を広げた鳥が一羽、空高く飛び立った。


「それは、許可できません」


 ジョナサンの後ろから、落ち着いた声が答えた。羽ばたいた翼から茶色の羽根が風に舞う。まっすぐ広げた翼は二メートル以上。…アルギルの大鷲、ハクだ。


 憎々しい目付きでクロエ=ヴァンカルチアが飛び立ったハクとアルギルを睨みつける。


「アルギル第一王子 …」





 *  *  *  *  *

高峠たかとう からお知らせです。

お話を追いかけて下さる方々、本当にありがとうございます!

次回で第二章が終了します!

こんなに頑張ってこれたのは、今ここを読んでくださる皆様方のおかげです!


次回 第48話『新たな戦の足音』

楽しんでお読みいただけたら最高に幸せです!


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