第46話 作戦会議
「明日の早朝からは、本格的な戦の準備で忙しくなります」
ジョナサンの言葉にみなが頷く。
軽口を叩いていながら、ルーゼル軍の部隊長であるジョナサンは、切れ者と言われる頭をフル回転して考えているのだ。
アザマがどれだけの大軍で押し寄せてくるかわからない。国の危機に駆けつけてくれる隣国のエルトサラは滅ぼされ、エアロも信用できないとわかった。揺るぎない固い結束の象徴であるコーネル国王まで逝ってしまったのだ。
隣国や周辺国は、若き第一王子の話に耳を貸してくれるのだろうか…。
大きな戦がなかったここ数年、どの国も戦争には後ろ向きなのだ。国境付近でのいざこざ以外で、家族が戦いに駆り出されると知れば、民の不満は大きいだろう。
しかし、アザマの残虐に立ち向かう象徴がいれば…風向きは変わる。
「エルトサラに続き、この国までもがアザマに落ちれば、北のアザマは、ますます領土を広げ、残虐を繰り返すはず。それを望んでるものなど、周辺国を含め誰もいないはずです」
「…そうだ」
「まずは、アルギル王子の名で周辺国の国王へ書簡を送りましょう。戦の正当性を主張するものです。そこには、領土を広げるためのものではなく、それぞれの国が平和に暮らせるための未来を、共に勝ち取りましょう…と訴えて下さい」
「…他国がそれで、動くと思うか?」
「動いていただくしかありませんね。自国で迎え撃つのであれば、長期戦はできるだけ避けたい」
兵の食料に困った軍隊が、民家を襲うのはよくあることなのだ。
「…俺の言葉で、他国の王が動くか?」
「他に、誰がやるんだ?」
ジョナサンが目を眇めた。こんなときは、年上であり、部隊長のジョナサンの権限が強い。
「国王の死は、戦が終わるまで民に伏せましょう。ミシェル嬢が快復するまでは、ドラグ王子もあのままで。誰が来ても面会の許可はしてはいけません」
「わかった」
そこは、アルギルも同じ意見で頷く。
「ドラグ王子を見張るもの達も、そのつもりで。まあ、今夜の事件に関しての気がかりは、侯爵夫人ですかねぇ」
「叔母だな…」
クロエ=ヴァンカルチア。コーネル国王の姉であり、ミシェルの母親。彼女が誰かを使ってアルギルに毒矢をしかけたのだろう。
それを知っていたミシェルが、ドラグに話し、ドラグがその策略を利用してミシェルを殺そうとした…というのが、ジョナサンとアルギルが立てた
「おそらく…ドラグは、叔母とミシェルが母を殺したと思っている」
「実際は、ご病気ですよね?」
「ああ…たぶんな」
たった四歳で母親を亡くし、母親代わりのように世話をするようになったミシェルを慕っていた。それなのに、全て叔母の指示であり、ドラグの第二王子という権限が欲しかっただけだと知ってしまった。
「おおかた叔母の悪巧みを盗み聞きでもしたのだろうが…」
「そんなところでしょうかねぇ。ですが、そうなると国王をどうやって殺したのかという疑問にぶつかります」
そうなのである。あの時、何かに気づいたようにロゼリアが言っていたのは…『誰かに脅され、毒だと気がついていながら口に入れなければならなかったのでは…』だった。そしてさらに『この毒は、おそらく…』とも言い淀んでいた。
毒…。それを聞いた時、誰もがリュディアの谷での出来事を思い出したのである。アルギルが受けた毒矢だ。
ロゼリアは、コーネル国王に使われた毒と、アルギルが受けた毒矢は、同じではないのか…と言いたかったのだろう。
毒とわかっていながら自ら口にした国王。その毒は、アルギルが受けた毒矢と同じ…そう考えれば、脅したのは侯爵夫人にいきつく。
国王を殺す理由は単純だ。自分が政権を握るため…。娘婿のドラグに王を継がせるため。
「だが、なぜ今だ?」
「ええ。そこです。なぜ、今なのか…。ここからは、あくまで俺の考えですが、アザマの軍事に影響力のある何者かと、侯爵夫人が秘密裏に繋がっているとしたら…」
「敵国であるアザマと、叔母が…か。考えられないことではないな」
それが、どれほどの重罪になるのか…わかっているのだろうか?
クロエ=ヴァンカルチア。自分の弟を殺してまでルーゼルの政権を手に入れて、彼女は何をしたいのだろう…。
「ですが、決定的な証拠でもない限り、公爵夫人を叩けません」
「そうだな…」
国の王を亡くした。今、この悲しみを共有することで、コーネル国王の功績に敬意を表す。国や民に尽くした国王の功労。誰よりも近くでその努力を見てきたのは、アルギルと部隊長のジョナサン。それに第一部隊だったのだ…。
「コーネル国王はご立派なお方でした」
「…ああ。父上は死ぬ間際、何を思ったのだろうな」
「…コーネル国王のためにも、今はアザマの軍隊をどう迎え撃つかです。先ほど話したようにリュディアの砦を基点に…まずは三箇所の砦を強化しましょう」
幸いルーゼルは、山々に囲まれた自然の要塞。今日明日すぐに攻め込まれる心配はない。軍隊を送り込むつもりでいるアザマも、大軍となればそれなりの準備が必要だろう。
ガタガタと…格子窓が風で小刻みに揺れていた。今は静かなこのルーゼル城も、数日後には最後の砦になっているかもしれないのだ。
「明日に控え、我々も身体を休めた方が良いでしょう」
長い一日だったのだ。部隊長であるジョナサンの言葉に、ほっとしたように隊の緊張が解ける。しかし、話が終わるのを待っていたかのようにリンクスが手をあげた。
「なあ、ちょっと提案なんだけど…」
* * * * *
次回 第47話『クロエ=ヴァンカルチアは朝からご機嫌麗しく』を更新します。
第二章終了まで残り2話!
どうぞよろしくお願いします。
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