第45話 男の恋心は独占欲
「おや、せっかく二人にしてさしあげましたのに?」
部屋に入ってきたアルギルを見たジョナサンは開口一番、ニヤケた顔で声をかけた。それを無視したアルギルが一直線に足を向ける先はリンクスだ。
その場にいた第一部隊の騎士が止める間もない。アルギルの拳がリンクスの顔面に直撃する…が、予測していたリンクスは、がっちりとアルギルの拳を受けとめていた。
止められると分かっていても、 ギロ…と睨んで不満を表す。
「…殴られる理由が、わかっているか?」
「まあ、そりゃあー俺も男ですので。あいつにバレちゃいましたか?」
「…ひどく動揺していた」
「じゃあ、俺がちゃんと叩かれますよ。王子にではなく、あいつにね」
正論である。何かをやらかしたらしいリンクスに、このときばかりはジョナサンも黙って事の成り行きを見守っていた。
「あいつ、かなり無理してますよ」
「っ。そんなこと、わかっている」
「じゃあ…王子としての権限をフル活用して、あいつを守ってやってくれませんかねっ」
「もう、やっている。今、手当中だ!」
「手当!?」
驚いたのはジョナサンだ。そんなひどい怪我をしていただろうか…と思い出してみても、腕に多少の切り傷があったのを確認しただけで思い当たらない。では、見えないところに怪我が?
「…それは、えーと、具体的にどこの怪我でしょうかねぇ?」
思ったままを口にしただけのジョナサン だったが、とたん殺気を含んだアルギルの睨みに口を閉じる。しかし反対に、リンクスが顎を上げてアルギルを睨んだ。
「へぇ。手当が必要な怪我を、王子も見たんだぁ。ふーん。案外、手が早いんですねぇ」
「っ。おまえみたいな卑怯な手じゃないっ」
「どうだかなぁ。あいつが自分で治療を望むわけないし、まさか無理やり押し倒したんじゃあ…ないですよね?」
自国の王子相手に話ているとは思えないほど、リンクスの声は威圧的だ。凄みのある男達の睨み合いは、危機感を強めた仲間の心配を気にかけている様子はない。
パン、パン!!
ヒリついていた部屋に、ジョナサンの開手が響いた。
アルギルも、苛立ちながらジョナサンを見る。
「はいはい。男の恋心は独占欲でできているんですから。そのへんは理解しあいましょう。それに…これ以上、独り者にあの美しい身体を想像させないでくださいよ」
「…おまえ」
「なんですか、王子?」
「…想像するな」
「無理ですね。男とは、そういう生きものです。それに俺にとってあの人は、命の恩人ですしねぇ。そりゃあ、美化された身体を想像するってもんですよ」
ジョナサンの目尻がさがる。
「美化なんてもんじゃあ、なかったぜ!」
得意げな表情で自慢したのはリンクスだったが、この場で自慢しても名誉と尊敬を得る資格があるとはとうてい思えない。
はらはらして囲んでいた騎士達の頭も、否応なしにロゼリアの裸体を思い浮かべる。顔が赤くなるのは言うまでもないだろう。
反対に、アルギルの眉間が釣り上がった。
「リンクスー!!」
「まあまあ、王子」
さすがに軽率だったと、ジョナサンがアルギルをたしなめた。そんなジョナサンをアルギルは睨みつける。
アルギルだって初めて知ったのだ。心も欲しいと願う女に触れる。それが、これ程尊く、喜びに満たされるものなのだと。しかし、感情の持っていき場がないような、なんともやり場のない思いで後味が悪い。
「王子。必要でしたら身元のしっかりした娼婦を用意させますよ? 王子だって男ですから。女を必要とする夜もあるでしょう?」
月はルーゼル城の真上。日が昇るには、まだ時間がある。ジョナサンが何を言いたいのか理解はしたが、たった今まで触れていた ロゼリアの肌のぬくもりと、瞼の裏に残っている金色の髪の眩しさを他の女で上塗りなどしたくない。
「…欲しい女は、一人だ」
「ふっ」
年上らしく笑ったジョナサンは、アルギルの変化を受け入れて頷く。
「俺は忙しいので、そんな暇がないのが残念ですよ」
「…おまえに暇がなければ、俺だって同じだろう?」
肩を落としたジョナサンも笑いながら頷く。何もかも理解して、エルトサラの王子としてルーゼルに来たのが、ロゼリア姫であったことに感謝していた。
おそらく、エルトサラの国王は娘の価値を十分に理解していたのだろう。たとえ本人がどう思っていようと、ロゼリア姫の気質はあまりにも尊い。
「ここにいる者は、みなエルトサラの王子の正体に気がついています。ま、今更です。とにかく、ロキセルト王子がうち明けてくれるまで、我々はエルトサラの王子として望まれるふるまいを続けますよ」
「…わかった」
「では、アルギル王子がいらっしゃいましたので、さっそく明日からの作戦をおさらいでもしましょうか?」
砕けたように笑っていたジョナサンが、きりりと顔を整えた。考えなければいけないことは山積みなのだ。
* * * * *
次回 第46話『作戦会議』
第二章終了まで残り3話!
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