第38話 アルギルに拘束されてるの?

 やっと緊張が緩んだロゼリアは、アルギルを見上げた。


「アルギル。ありがとうございます」


 しかし、突如アルギルはロゼリアに覆いかぶさるように倒れたのだ。慌ててロゼリアが支えるが、受け止めきれずに二人で床に倒れ込んでしまう。

  支えきれなかった不甲斐なさと申し訳無い思いで、ロゼリアはアルギルを起こそうとしたが…ビクリと固まってしまった。アルギルがロゼリアの身体を強く抱きしめているのだ。


 それは、誰かにこんなに強く抱きしめられたことがあっただろうか…と、思うほどの力だったのである。


 アルギルはロゼリアを抱きしめたまま、ゆっくり身体を起こした。床にペタンと座り込む形になっているのに、ロゼリアを離そうとしない。

 

 床の冷たさなど感じないくらい驚いていたロゼリアだったが、国王の死と弟の裏切りに気が付いてしまったアルギルに、何を言っても慰めにならないことは分かっていた。


 これ、アルギルに拘束されてるんじゃ…ないのよね。


 今まで、こんなにきつく抱きしめられたことはないのだ。

 幼い頃、兄に抱きしめられた時は、とても優しかった。両親が抱きしめてくれる時も、温かなぬくもりを分け与えるようなむず痒さだ。

 だが…アルギルの腕は、ロゼリアの腰にくいこむほどなのである。肩にうずめているアルギルの息は、熱があるのかと思うほど熱い。


 「ロキセルト…」と、直接ロゼリアの身体に吹き込むように呼ぶ声も、ロゼリアの鼓動を早くするばかりでどうしたらいいのかわからないのだ。

 「ロキセルト…ロキセルト…」と何度も呼ばれるたびに、甘い痺れのようなものを首すじに感じて目眩がしそうになる。それなのに、なおもロゼリアの髪をすくいうなじをなぞるように顔をうずめてくるのだ。


「んっ」


 思わず変な声が出てしまったロゼリアは、慌てて自分の口に手を当てる。アルギルはピクっと反応しただけでなにも言わない。


 なぜ、アルギルはこんなに密着してくるのだろう…。


 わけがわからず、自分の鼓動だけが耳に響いてうるさい。


 今、ロゼリアは男装姿のはずである。アルギルもロキセルトと呼ぶから、ロゼリアだとは気づかれていない。騎士同士でも肩を組んだり、抱擁もするだろう。ノワールとリースター辺境伯も、城で会えば必ず熱い抱擁を交わしている。


 これもそういったものなの?

 違うのなら…なんで? 


 べつに不快なわけではなかった。むしろ、どうしてなのかわからないけど心地よいのだ。でもこのままでは、いつ胸に巻いた布に気づかれてしまうかわからない。


 ロゼリアは、ロキセルトが熱を出したロゼリアにしてくれたように、アルギルのおでこに自分のおでこを当ててみた。

 思った以上に熱くはないものの、やはり熱はありそうだ。

 

 昼間の毒が、うまく無毒化されなかったのだろうか…。


 でもジョナサンからは、城に運ばれたアルギルを診た医療班が『完全に無毒化された状態で運び込まれた患者は初めて見た』と言っていたそうだから大丈夫なはずだ。

 

 もしかして、怪我がひどいの? それとも解毒に使った薬草が強すぎた?


 少しでも身体がラクになればと、アルギルの背中をさすってみる。


 …夕方には目が覚めると思っていたけど、目覚めるなり私たちのことを聞いて駆けつけてくれたのね。


 ジョナサンやリンクスを守るためだっただろう。だが、こんなに身体が辛いのに、彼等のために動いてくれたアルギルが嬉しかった。


 戦真っ只中で、国王のに服す暇もない。本来であれば、喪があけたあとは、アルギルのための盛大な戴冠式たいかんしきが用意されるはずだったのではないのか…。


 国王を即位したあとに行われる戴冠式だ。民や他国にむけて王位就任の宣明をするアルギルを想像したロゼリアは、急に寂しさを感じてしまい、自分が酷く罪深い人間だったのだと落ち込みそうになる。


 だめね。私は国をなくしたけれど、ルーゼルまでそうなってほしいわけではないわ…。悲しんでいる場合じゃない。精一杯、コーネル国王とみんなのためにも、アルギルの役に立たなきゃいけないんだわ!


 ふと、顔をあげたアルギルが何かをいいたそうだった。

 辛いなら辛いと言えばいいのに、アルギルにはそれが許されないのだろうか…。

 たった今、国王を亡くした事実とドラグの裏切りを知った。ロゼリアだってこんなにも辛くて苦しいのに、悲しみを見せないアルギルが気の毒だった。


 どれほどの時間、彼はこうして感情を見せないで生きてきたのだろうと思うと、ロゼリアがどれだけ家族や民に愛され、幸せに暮らしていたのかと身に沁みる。


 アルギルが涙を見せないのに、ロゼリアが泣くわけにはいかない。


 溢れそうになる涙をこらえて、アルギルの顔にかかる焦げ茶色の髪を払ってあげようと髪に触れる。するといきなりアルギルがロゼリアの手をぎゅうと掴んだのだ。そうして、もう片方の手でロゼリアの頬に触れたのである。


 なんだろう…?


 何をするつもりなのかと、小首をかしげたロゼリアが何かを言う前に、ジョナサンのため息混じりの声が二人の上から落ちてきたのだった。


「そろそろ、いいですかねぇ、王子? 今後について話がしたいんですけど?」


「ひゃっ!」


 飛び上がって立ち上がったロゼリアは、慌ててジョナサンにアルギルは熱があるみたいだと告げたのである。


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