第34話 ドラグの策略
「ドラグ?」
一瞬にして部屋が凍りついたような気がした。
なぜ、ドラグがここにいるの? 彼はリュディアの砦に残ったはずでは?
ロゼリアの考えはみんな同じ。しかしドラグがここにいるということは、国王とミシェルの殺害にドラグが関わっているということである。
「どうして…」
「…それは僕の言葉ですよ、ロセルさま。 あなたはなぜ、ここにいるの? 今夜、ここに来るはずの男は、そこにいる部隊長だけのはずでしょ?」
「…ドラグ?」
淡々と話す彼は、本当にドラグなのだろうか? あのキラキラとした面影はなく、神童というより、その目は獲物を目の前にしたライオンのようなのだ。
ライオンが狩るのは、生きていくうえでの必要なもの。弱肉強食の掟。狙われたものはひたすら怯えて逃げ出さなければならないが、ロゼリア達は弱者ではない。
ルーゼルの第二王子であるドラグにサーベルをむけたまま、ジョナサンがゆっくりと前に出る。
「…ドラグ王子。あなたが国王と、ミシェル嬢を殺したのですか?」
国王の暗殺に息子である王子が関わっているなどと、考えたくはない。だが、この状況では仕方がないのだ。リンクスは腰を落とし、いつでも飛びかかれる態勢をとる。
しかし、クスリ…と笑うドラグに身震いを覚えたのだ。
「違うよ。父上もその女も、おまえがやったんだろう?」
「……」
「軍の部隊長のおまえが、国王暗殺。しかも暗殺を手伝った自分の女は邪魔になったから殺した。違うの?」
「…ミシェル嬢と、自分は何の接点もありません。誰がそんな筋書きを信じると思っておいでか?」
「だれって…そりゃあ、ヴァンカルチア侯爵夫妻とか?」
「っ。あなたはっ、この国の第二王子でしょう!? 何が不満なんです!? あなたの兄上は、あなたを守ろうと必死でしたっ。お妃様が亡くなられてからのこの何年か、あいつがどれだけの苦労をしてきたのか! どれだけのものを背負っているのか! あなたはわからないのか!?」
もはや敬語をはぎ取ったジョナサンが怒りをぶつける。その怒りはリンクスも同じだ。
構えたサーベルをわなわなふるわせ、命を奪うなどと、もはや逸脱した行為にいたったドラグに斬りかかる勢いだ。
だが、ドラグに怪我を負わせてしまったらもう言い訳などできなくなる。国王は殺していないが、王子は斬った…などと、通用するわけがない。
ロゼリアの心も闇の中だ。信じていた。ドラグを可愛いと思っていた。弟がいたらこんな感じかと、ロキセルトにくっついていた昔の自分を重ねていた。それなのに…。
「…ドラグ。なぜ?」
「なぜって、あなたも、この女が嫌いだったでしょ? 実は、僕も好きじゃないんだ」
「好きじゃないって。彼女はドラグの婚約者ではないの?」
「よしてよ!!」
ピシャリと言い放ったドラグが初めて怒りを見せた。
「こんなっ、そこらじゅうの男と寝ている女! 僕の婚約者なんかじゃない!!」
切り揃えられたサラサラの髪を乱し、ミシェルにたいして、相当の恨みがあるのか…目を吊り上げながら怒りをあらわにしたのだ。
「なぁんだー。お子さまの嫉妬ってやつかぁ?」
場違いの間延びした声に、驚いたのはロゼリアだけではない。部屋にいたみんながリンクスを見た。
さっきまでドラグに斬りかかる勢いでいた怒りはどこにいったのか…。サーベルを持つ手で耳をかきながら、さも馬鹿馬鹿しい…とばかりにあくびをするのだ。
リンクスの意図を理解できないロゼリアだったがジョナサンは違った。
「なるほど。ドラグ様はご自身の婚約者が、取っ替え引っ替え男を加えこんでいることに、耐えきれなかったと?」
「やー。無理もねぇよなぁ。だって相手は二十後半の熟女だぜ? 十三のお子さま王子じゃなぁ、そりゃあ満足できねぇって」
「なんと、ミシェル嬢は二十後半なのか? 二十五、六だと」
「いや、知らねー。俺は興味ねーもん。部隊長は? 一度くらいは寝たことあんの?」
「誘いは、まあ、何度かね。でも、さすがに彼女を相手するほど、俺は女に困ってませんよ」
「よっ。さすがは、ルーゼルいちの部隊長殿!!」
「やめろ!!」
ドラグが叫んだ。両手の拳を握りしめ、肩をふるわせ大声で張り上げたのである。
「こんな…こんなおんなっ。婚約者なんかじゃないって言ってるだろ!!」
言い放って肩で息をし、はっとしておどおどとした表情に変わったのだ。ルーゼル城の衛兵達が、何らかの異変に気が付いて、ざわつき始めたのである。
リンクスとジョナサンの軽薄ともとれるやり取りは、これが目的だったのだろう。ドラグは国の第二王子。ドラグの叫び声が微かでも聞こえたら、城の衛兵が動かないわけがない。
「くそ。僕としたことが…」
ジョナサンをはめたつもりでいたドラグが、リンクスとジョナサン二人の口車にのせられてしまったのだ。
だが、衛兵を呼ぶのは想定内だっただろう。ドラグは大きくため息をつくと諦めたように笑ったのである。
「この女が死んで喜ぶのは、みんな一緒だから気にしなくていいよ。大丈夫。ロセルさまだけは僕が守ってあげるから」
「守る?」
誰から、ロゼリアを守るというのか…。しかしドラグにはこのあとのシナリオができているのか、浮ついてさえいるように見えるのだ。
なにが、大丈夫なの? あなたは国王である父を殺したのでしょう?
だが、ロゼリアの言葉を誰が信じてくれるだろうか。
ドラグがジョナサンに国王の暗殺をなすりつけるつもりでいるのなら、一緒に行動していたロゼリアも殺害を手伝ったと言われるだろう。
国王の暗殺…。大人しく牢獄されれば、その先は、おそらく死。
どうすれば…。
せめてシャルネだけでも逃がしたいが、彼女がロゼリアを置いて逃げるなどと考えられない。
それなら…二人で逃亡する?
リュディアの砦まで走ればマイロと近衛隊がいる。だが、そこからどこへ向えば良いのかロゼリアではわからない。
「あー、ほら、誰か来るね」
勝ち誇ったようにドラグが笑った。
バタバタと衛兵の足音が聞こえ、続けて扉がバンバンと激しく叩かれた。
「ドラグ王子!! いらっしゃいますか!? ご無事ですか!?」
「ドラグ様! 何かございましたか!?」
繰り返し叩かれる扉。開こうと木製のドアノブが音を立てる。扉の向こう側が、焦りだしているのがわかった。
「さあ、どうしようか?」
あとは、シナリオ通りでない動きをドラグがどう対処するのか…。
にっこりと笑うドラグに、ロゼリアは得体のしれない恐怖を味わう気分だった。
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