第32話 ジョナサンの幼馴染み?

 どういうことなの…。


 確かに、丁寧に縫われた鮮やかなフユヅタの刺繍だった。しかも、薄布をふんだんに重ね合わせた豪華なドレスなのだ。


 フユヅタはロゼリアも良く知った植物だ。エルトサラの森の木々でも一年中厚みのある緑の葉を見ることができる。近くにありすぎ、その存在さえあまり気にしていない植物だったのに、ルーゼルでは希望の葉と呼ばれているのは好感が持てた。

 しかし…。


「…あなたの思い出のある服を、なぜ、他人のに渡すのでしょうか?」


 すると彼女は、可笑しそうに笑う。


「ふふ。思い出と言っても、結婚前のことですの。十七で顔も見たこともない男性と結婚させられ、私が娘を産んだら、今度はすぐに離縁されてしまいましたわ。彼の新しい奥さまは子爵のご令嬢なんですって。お互い愛があっての結婚じゃないと、決断も早かったですわ」


 サバサバと話すあたり、彼女は本当に前夫への未練はないのだろう。


 夢のない話を若い子に話しちゃってごめんなさい…と笑う彼女も十分若く、十歳の娘を持つ母親とは思えない。


 ジョナサンの幼馴染みだというが、二人の間はそれだけではないのではないか…と、勘ぐってしまう。

 少なくとも、急であったであろうジョナサンの頼みに、思い出のドレスを差し出せるぐらい、彼女はジョナサンを思っているのだ。

 

 それなら、なおさらドレスは受け取れない。


「着替えは…ありますので。ご心配はありがたいのですが、あなたのそのドレスは、当時、大切に思っていた人からの贈り物なのではないですか?」

 

「!?」


 とたん狼狽えた彼女に、ため息をついたのはジョナサンだった。降参…というように両手をあげて首を振ったのだ。


「…あなたには、かないませんね。俺のお膳立てなど必要ないですか? 国王にお会いするのですから、もう、?」


 なにが、もういいのか…などとは、今更言えない。気づかれているのだ。ジョナさんに、そしてリンクスにも。


「心配いりません。あなたの姿はローブで隠して俺達がお供しますよ」


「…私は、隠さなきゃいけない存在なんですか?」


 違う。そんなことを言いたいんじゃない。 感謝したい。気遣ってくれて、嬉しいと言いたい。でも、ダメなのだ。父親と約束したのだ。ルーゼルでは女であることを隠すと…。


 ロゼリアは、いつだって太陽の下を自分をさらけ出して生きてきた。は、自分で決めたい。


「…私はエルトサラの王子として、国王にお会いします」


 半ば強引にお湯とタオルを受け取り、シャルネに扉を閉めるように言う。扉が閉まると、着ていた服を全て脱ぎ捨てた。ホコリと砂が舞い上がり、思わず咳き込んで胸を押さえて座り込むと、フッと力が抜けてしまう。


 今までの苦労は…なんだったのだろう。


 そう思うと、なぜだか涙がでて仕方がなかった。シャルネが黙ったまま、湯で濡らしたタオルを渡してくれる。


「シャルネ…」


「はい」


「彼等は、私のことに気がついているのね」 


「…はい。おそらく」


「私、どこで失敗したのかしら?」


 昨日、リンクスとの剣技を披露した時だろうか?

 昨晩、ミシェルとダンスを披露した時だろうか?

 今朝、みんなの前で泣いたせい?

 リュディアの砦?

 アルギルに解毒薬を飲ませたから?


 きつく巻いていた胸の布をほどくと、白い肌は紫色にうっ血していた。


 こんなに努力したのに…。何が、だめだったのだろう。


 静かすぎる部屋に、傾きだした太陽の光がさしていた。ロゼリアの金の髪があかね色に染まる。西の空にかがやく星は、宵の明星だろう。

 星の位置はエルトサラと変わらない。だがエルトサラの城と違い、足元からの冷たい冷気がロゼリアの心と身体を闇にそめていくのである。


 それでも、シャルネの存在がロゼリアには救いだった。


「…おそらく、あなた自身を良く知ろうとした者達が、あなたの本来の姿に気づいたのだと思いますよ?」


 本当にそうなのだろうか?


 もし、シャルネが言う理由であれば、ロゼリアに何か言う権利などない。ロゼリアは彼等を騙していたのだ。


「なぜ、二人は怒らないのかしら?」


「怒るわけないでしょう? あなたはアルギル王子の命の恩人です。それに、エルトサラの王女であるあなたが、ルーゼルの民のために命をかけて戦っているのです。みんな、あなたが大好きなのですよ」


 ルーゼルのために戦う。そしてそれがエルトサラのためになると願って。


「私も…みんなが好きだわ」


「はい」


「リンクスや、ジョナサンや、ドラグ、ルーゼルのみんな…」


 アルギルの顔が浮かぶのに、なにかがひっかかって戸惑った。

 

 アルギルは気が付いているのだろうか?


 砦でも兄の名前でロキセルトと呼ばれていた。アルギルにはまだ気が付かれていないのかもしれない。


 シャルネは…『あなた自身を良く知ろうとした者達が、あなたの本来の姿に気づいたのだと思います』と言っていた。


 では、アルギルは私を知ろうとはしていないの?


 ズキン…と、痛んだ胸は、自分の痛みではないようで…戸惑う。


 私、どうしたんだろう? アルギルに本当の私を知ってもらいたいの? ううん。だめよ! 今は、まだ、エルトサラの状況もわかっていない。彼等はアルギルに黙っていてくれるかしら? 

 

 今は、彼等を信じたい。


 このまま、私は戦わなくちゃいけないんだから!


 アルギルの名前を出さなかったロゼリアに、シャルネは何も言わず優しく頷いてロゼリアの着替えを手伝ったのである。


 しかし、ルーゼルの城内でも、ジョナサンやリンクスが知らない所で、秘密の計画が実行されていた。そうして、その悪意ある陰謀が、良く知る人物が関与していたと知ったロゼリアを、再び絶望に陥れたのである。

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