第31話 ルーゼル城へ帰城
「よそ者の俺たちでは、誰が怪しいかなんてわからんな」
そうなのだ。ここにいるルーゼルの騎士達は、必死で砦を守っていた 。それこそ命がけで…。そしてエルトサラの近衛隊にも仲間としての意識が強いのである。
リュディアの砦を、ルーゼルの騎士とエルトサラの近衛隊、誰一人命を落とさず守れたのは、国の違いなど関係なく、互いに助けあったからなのだ。
「ひとまず、私は一度ルーゼルの城に戻ります。リンクスもついてきてくれますので」
「わかった。俺はここに残って少し様子をみてみよう。何かあればすぐ砦に戻れ。ルーゼルも、アザマの捕虜も捨てて、俺達はこの国を離れるんだ。いいな?」
話がついたロゼリア達の所に、ドラグが走って駆け寄って来るのが見えた。その姿は迷子の子供が母親を見つけたような喜びだ。
「戻ったんですね!」
マイロがロゼリアを後ろへ押しやる。
「まさか、あいつとか?」
「それは、いくらなんでもないと思うけど…」
小声でやり取りしたが、リンクスやシャルネにも聞こえていたようで二人が警戒する。
しかし、笑顔を向けたロゼリアに、ドラグは飛び込むように抱きついたのだ。
「えーと、ドラグ? 心配させてすいませんでした」
「ほんとに、ほんとにっ、心配したんだから!」
ドラグには、どうしても小さな子供に抱きつかれている気分だ。可愛くて、母性本能がくすぐるのである。
マイロに引き離されても、ロゼリアの手に自分の頬を擦り付けてボロボロ泣くドラグが、裏切り者とは到底思えないのだ。
じゃあ、いったい誰なんだろう?
アルギルが死んで徳を得るのはドラグだ。しかしドラグは兄を慕っている。
では誰がアルギルを殺そうとしたのか…。
考えても答えなどでない今、ロゼリアの胸のうちは、嫌な胸騒ぎがルーゼルの風のように吹き荒れていた。
ドラグに毒矢の話を伏せたロゼリアは、すぐに戻るからと言い聞かせて砦を出ると、ルーゼル城に向かった。
城につくまでの間は、どうしてもアルギルの容態と毒矢の話になってしまう。
「あの矢はアザマのものだったのですか?」
「ああ、そうだぜ? でも俺たちが見ればすぐに偽装だってわかったから、毒矢を用意したのは戦に出たことがないやつなのかもしれない」
「指示をした者と、実行した者が違う?」
「たぶんな。そんなことよりアルギル王子は、本当に大丈夫なのか?」
「ええ。まだ目は覚めていないと思いますが、夕方には目覚めると思いますよ」
「やっぱりあんたって、すごいんだな」
「いいえ」
たまたまロゼリアがあの場にいれた。だからアルギルは助かった。彼が命を失わなかったことを素直に嬉しいと思う。
「作戦そのものは成功して、アザマを一掃できたんだから、国王陛下は喜んでくれるんじゃねえのかな」
「そうですね。ジョナサンが報告しているとは思いますが、毒矢のこともありますし、私たちも国王に謁見を求めましょう」
城郭都市に入ると、まるで戦に勝利したような扱いをロゼリア達は受けた。ロゼリアの馬が歩く先に花が投げられたり、ルーゼルでは貴重であろう花束を手渡されたりと、あまりにもお祭り気分で驚いてしまう。
「先に通った第一部隊がなんか言ったんかな?」
そうだとしても、まだ戦は終わったわけではない。アザマと協定を結んだわけではないのだから、次にアザマの軍隊が攻めて来る前に砦の再建が必要だ。
城に入ると、ジョナサンもまだコーネル国王に報告できていないことを知った。アルギルは城の自室で寝かされているという。
「専門の薬師によると、毒矢に使われていたのは、やはりトカゲの毒だったようです。アルギル王子を診た医師は驚いていましたよ。完全に無毒化された状態で運び込まれた患者は初めて見たと。あなたの使用した薬草を聞きたがっています」
「え? あれは、私が持ち歩いているエルトサラの薬草と、リュディアの谷の…いえ、それより国王さまにはいつお会い出来そうですか?」
「今、どなたかとお会いしているようでして、おそらく夕刻前には許可がでますよ。一緒に行きますか?」
頷いたロゼリアは、昨夜使った部屋までリンクスに案内してもらった。部屋に入って城に置いてあった荷物から、適当な着替えを引っ張り出す。さすがに国王に会うのに、こんなボロボロのホコリまみれではよくない。
「おーい。ちょっといいか?」
ノックとリンクスの声でシャルネが扉を開けると、そこにはリンクスと、ジョナサンが知らない女を連れて立っていた。
「湯とタオルを用意させましたよ。必要なら彼女を置いていきます。彼女は…まあその、俺の幼馴染みでしてね。真面目で信用できます。あなた方に不利になるような言葉はけっして口外いたしません」
「…お湯は有り難く使わせてもらいますが、シャルネもおりますので、自分のことは自分でできます…」
ロゼリアの顔に
ジョナサンの後ろで膝だけ折って簡単なカーテシーをした彼女は、優しく笑って手に抱えているものをロゼリアに差し出した。
「ジョナサンから緑の瞳と伺いましたので、緑の刺繍のフユヅタのドレスを用意いたしましたわ。ご存知かもしれませんが、フユヅタの葉は紅葉しませんの。冬になっても落ちずに、上に、上にと成長していきますのよ。この国では希望の葉とも呼びます。娘時代に作った思い入れの服で、ずっと持っていたのですが、結婚、出産と続いて袖を通していませんの」
やっと誰かに着てもらえるなんて嬉しいわ…と彼女は笑う。だが、彼女の口ぶりからは、ロゼリアにドレスを着てもらうつもりなのだと聞こえるのだ。
フユヅタのドレスを不思議にも思っていないリンクスと、ロゼリアの指示を黙って待つシャルネ。
日が暮れだしたルーゼルは、山を背景に太陽を反射させ、城全体をあかね色に染めていた。
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