第30話 人命救助でも口をくっつけるのはだめ?
声を出す者などいなかった。ただ、ロゼリアの唇がアルギルの唇に触れている、その一点に目を奪われる。
かすかに、アルギルのまぶたが震えた。喉がゆっくり上下する。解毒薬をのみこんでくれたのだ。
良かった…。
ホッとしてアルギルから顔を離したロゼリアは、みんなが凝視していると気づくと、はちりと瞬きを繰り返した。
そうして、何をしたのかと我に返り、え…とも、う…とも、言葉にならない声を出して真っ赤になる。
しかし、解毒薬の効果は明らかだった。不規則だった息づかいは一定リズムの落ち着きに戻り、血の気がなかったアルギルの顔色も、みるみる正気が戻っていくのである。
「…えーと、とりあえず、これで毒は無毒化されます。これであとは、有害な毒物を体外へ促す薬草を飲めば問題ありません。あ、あのー?」
ジョナサンやルーゼルの騎士達は、一言も発せれなかったのである。まるで残像を追うように、ロゼリアの唇に吸い寄せられていた意識が、やっと現実へ戻る。
親友であるジョナサンでさえ、その行為に迷ったくらいだ。解毒薬を信用しなかったわけではないが、もし害のあるものなら口に含むだけでも躊躇うのは当然である。しかもアルギルの毒性だって、トカゲであるかは確かではないのだ。しかし、ロゼリアは躊躇わなかった。
何が最善であり、どうすればアルギルを助けることができるのか。可能性と、自分の持つ知識を活用し、彼女はこんなにも、すべきことを迅速に決めることができる。
…これが王家に生まれた者の器なのかもしれない。しかし、あれだな。彼女は、自分の外見に無関心すぎる。
思わず笑いが込み上げてきたジョナサンは、腕で顔を隠した。なんにせよ、アルギルが危機を脱したのは、ロゼリアのおかげである。
これは、からかうネタが増えたとばかりにジョナサンもロゼリアの周りに人が集まる理由を理解したのだった。
「あんた…凄いな」
リンクスも場違いに称賛する。いや、この場合、みんなの考えを代弁していると言うべきかもしれない。
「あとは王子が目を覚ますまで、待てば良いのか?」
「はい。そうですね…。毒が身体に回ってしまっている時間を考えれば、目を覚ますまでは、少し時間がかかるかもしれませんが…動かすのは問題ありませんので、城に連れて帰りましょう」
「へー。何を
「そうですねぇ。繊維を多く含むリンゴやごぼう、きのこ類、海藻類などを食べれば…って、まさかリンクスも毒矢にあたったんですか!?」
リンクスの疑問に真剣に答えていたロゼリアは、慌てて彼のコートを剥ぎ取った。身体をなで回した勢いで下まで確認しようとするロゼリアに、リンクスも焦りだす。
「い、いや、俺はなんともねえ! 知識だよ、知識! 俺達だって必要だろ?」
「あー、そうです…ね。もう、びっくりさせないで下さい。心臓に悪いです」
「…心臓に悪いのは俺も同じなんだけどね。でもあんたに、そんな顔してもらえるとは嬉しいね。今度また、こんなことがあるといけないから、詳しくいろいろ教えてくれよ」
「ええ、それはもちろんかまいませんが?」
深くは考えないで頷いたロゼリアに、リンクスは大げさだと思えるくらい喜ぶ。
「ほんとか? やったぜ! ここにいるみんなが証人だからな。絶対だぞっ」
「えっ、あ、はい。えーと、さっきのを実践しろってわけじゃあ…ないですよね?」
とたん、リンクスは噴き出した。
「ぶっ。ぶははは。もちろん、あんたがよければ俺はいいぜ。しっかりと実践で教えてくれよ!」
「もう! リンクス!」
真っ赤になったロゼリアに、ぱちんとウインクを投げたリンクス。
不安で包まれていた空気感が、一斉に解けた瞬間だった。
ジョナサンと第一部隊は、そのままアルギルを馬の背に乗せ城に向かった。ロゼリアにも一緒に来るよう言われたが、シャルネとマイロ達がいるリュディアの砦に寄ってから、城に戻ることにした。
「わかりました。くれぐれも油断なさらないで下さい。誰が今回の毒矢に関わっているかは不明です。あなたにまで何かをしかけるとは考えにくいですが、間違いなく王子に近い存在が情報をもらしているのです」
「…ええ」
アルギルのことは黙っていようとジョナサンと決め、ロゼリアもシャルネと一緒に砦に急いだ。そして、その後ろをリンクスがついて来る。
「…私と一緒でいいのですか? リンクスは第一部隊なのですから、アルギルについていなくてはいけないのでは?」
「王子には部隊長殿が付いていれば大丈夫さ。あの人はあー見えて切れ者なんだぜ。怒らせると怖いしな」
「…だからって私について来なくても」
「いいじゃん。部隊長の許可は出てるし、何かあれば地の利がわかる奴がついていた方がいいだろ?」
確かにリンクスが正しい…。ロゼリア達に何かすれば、昨日約束された王命に背くことになるはず。たとえ何かを企んでいるとしても、ロゼリアや近衛隊に何か仕掛けてくるとは思えない。だが、もし流れ矢に当たって死んだのなら、意味が違うのである。
腰にさしたサーベルをいつでも抜ける準備をしているリンクスが頼もしいのだ。
砦に戻ったロゼリアは、とりあえずマイロにはアルギルのことを説明した。だが、全てを話終えたロゼリアは、散々マイロに怒られてしまったのである。
「いいか? ルーゼルの王子を助けたことを怒ってるんじゃないぞ。おまえの軽率な行動に腹をたてているんだっ。まず、一人で動くなって、言ったよな?」
「う、うん」
「目の前から、一人で馬で駆けていくのを見ていた俺の気持ちを考えてみろ?」
「…ごめん」
怪我人の把握と、アザマの捕虜を見張っていなくてはいけなかったマイロの立場を理解して、ロゼリアも素直に頭を下げる。
「あと、戦いの最中に王子であるおまえが突っ込んで来るのもだめだっ」
「うん」
「それから、怪我をするのもだめで、ローブをボロボロにするのもだめ」
「…ごめんなさい」
「あとは…」
「まだ、あるの?」
まるで兄のような言われように、ロゼリアもふてくされて見上げる。するとマイロの顔に、ピキッと青筋がたった。
「人命救助でも、おまえが口をくっつけるのはだめだ!」
頭の上から怒鳴られ、ロゼリアは縮こまる。もう、こうなっては謝るしかないのだ。
シャルネも加わり、マイロを宥めては、また叱られて…謝る…を繰り返し、やっとマイロが落ち着いてくれると本題に入った。
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